「あの頃の僕らが憧れていたインターネットは、もうどこにもないのかもしれない」
「すべては我々の幻想で、はじめからそんなものは存在しなかったのかもしれない」
このところ、76年生まれから前後数年くらいの「76±5世代」が数人集まると、必ずといっていいほど、そんな話題になる。
1976年前後に生まれた我々の世代は、大学進学や就職の時期がちょうどインターネットの普及と重なり、その思想的影響によって実人生の進路選択が大きく左右された最初の世代である。著名な起業家やエンジニアを多く輩出したのみならず、文系専攻からIT業界へ飛び込んだり、趣味のサイトが高じてプロになったりという事例も多かった。勢いある人間が集まるところ、渦の中心にいつも必ずインターネットがあった。程度の差はあれ、「世に出よう」と目指すことが「ネットで何かしよう」と考えることと重なっていた世代だ。
さらに若い世代ともなれば、学校でウェブリテラシーの授業があったとか、中高生時分から2ちゃんねるに入り浸っていたとか、ネットといえば携帯電話からアクセスするものだとか、音楽はダウンロードして聴くものだとか言うわけだが、我々の世代はそれら新人類よりも少しだけトウがたっており、そのぶん、おしなべてピュアである。
大人になる直前の年頃で、住み慣れた村社会から訳もわからぬまま箱舟に乗せられ、降り立ったところには地平線の向こうまで人間の痕跡が何もない前人未踏の広大な土地がひらけており、何事かと振り仰げば、「ここに君たちの王国が築かれるのだ。君たちの未来は、この場所から生まれるのだ」と告げられる。大きくなったら手塚治虫が描いたようなメトロポリスで暮らすのだと思っていたが、どうやら私の人生は、レイ・ブラッドベリが書いた宇宙船乗組員のようになるらしい。ここではないどこか曠野に新しく築かれる理想郷、波の向こうの来るべき新世界へとダイヴしたまま、地球の生活に帰ってこなくなる航海者のような……。
家庭にパソコンはなく、親が購入する予定もなく、一番高価な持ち物はCDウォークマンと日本語ワードプロセッサだった高校生の私と、「インターネット」なるものとの出会いは、喩えるならそんな衝撃であった。んなアホな、と思うかもしれないが、当時は本気で「私も早くプログラミングとかいう技術を身につけないと、新千年紀の開拓移民団に加われない!」と焦っていたものである。
地球の生活では教室の隅へ追いやられ、何をやってもダメダメな冴えない僕だって、恐怖の大王が降りてくるその前に約束の地「インターネット」へ辿り着けば、そこでゼロから、僕たちだけの天国を作ることができる。彼の地で僕らは肉体の軛から解き放たれ、今の僕ではない新しい僕となり、世界中の人々と一つに繋がって融け合いながら共栄する……。進路志望未定の女子高生は、まだ見たことも触ったこともない「インターネット」に、そこまでの過剰な夢を抱いていたのだ。きっと田舎の農家の三男坊たちも、こうやって満蒙の沃野へと旅立って行ったのでしょうね。
話が逸れた。あれから十数年の歳月が流れたというのに、過去に夢見たはずの俺たちの未来が、いつまで経っても到来しない件についてである。
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