マスクにスキンヘッド、眉ナシ、と、かなり不審に見える男が、普通のサラリーマンに交じって通勤している。
そんな外見でも、どうぞどうぞ、と妊婦の方に席を譲る。そんな外見でも、社会復帰した喜びに打ち震えている。
治療はまだ続くため、彼の勤務時間は少なかった。
抗がん剤投与のために、二週間に一度、病院に通い、その翌日は会社を休む。
あとは検査と白血球生成を促す注射を打つため、週に一度か二度、病院に通う。
「小森谷くん、あとはやっとくから、もう帰りなさい」
社内では彼の健康を心配してくれる人がいて、とてもありがたかった。
逆に、彼の近寄りづらい風貌をイジってくる人がいて、それはそれでとてもありがたかった。
研修から京都勤務を通じて、彼のキャラクターはすでに社内に知れ渡っていた。
変に同情されることもなかったし、腫れ物に触るような扱いも受けなかった。
「小森谷くん、そういう人相だと、あれに似てるなあー」
「なんですか?」
「んー、ほら、あれだよあれ。ピッコロ大魔王」
「あー! 似てますね!」
自分でも似ていると思った。それから彼は生まれて初めて、本格的なあだ名を得た。
「ピッコロくん、今日も人相が悪いねえ」
「ええ、魔族ですから。ふっふっふ」
魔貫光殺砲をやってくれ、とか、口から卵を産んでくれ、とか、お願いだから地球征服は諦めてくれ、などと言われるたび、彼は内心喜んでいた。
病気をしたが、自分の性格や性質は、昔と何も変わらない。
病人扱いではなく、以前と変わらず普通に接してくれるのが、とても嬉しかった。職場の仲間たちは彼のことを、普通のナメック星人として扱ってくれる。
職場復帰して一週間が経ち、彼は十回目の投薬に向かった。
全十六回を予定した治療も、すでに折り返し地点を過ぎている。検査の結果、経過も順調らしい。
ただ副作用は、以前とは比べものにならないほど強くなっていた。
治療を終えて乗り込んだ車のなかで、彼は辛さのあまりそのまま動けず、眠ってしまったりする。
季節は夏へと近付いていく。十一回、十二回目、と辛い投薬は続く。
吐き気や体調不良は酷く、点滴中は腕や胸が焼けるように痛かった。
あまりに辛いため、わざと睡眠不足で病院に行き、点滴中に睡眠をとってごまかそうとした。耐え難い六時間だが、とにかく何とかして耐えるしかない。
そんな折、彼はWEBでホジキン病のコミュニティを見つけた。
子供がまだ小さいなか闘病を続けている女性。家族がパニックに陥ってしまった人。
自分より深刻な状況に置かれている人たち。
自分などは恵まれているほうだと、彼は胸をいためながら思う。
役に立つかどうかわからないけれど、自分のこれまでの数ヶ月の経験を伝えたり、励ましの連絡をしたりした。
力にはなれないかもしれないけれど、何かの参考にはなるかもしれない。
相手に感謝されると、自分の経験が誰かの役に立つことがあるんだな、と実感した。
伝え、残すことは、誰かの助けになる。
辛くて希有な経験をしたからこそ、それを何かに活かしたいと、この頃から彼は考えるようになる。
十三回、十四回、と投薬は続き、副作用はさらに辛くなった。
そんな辛い中だからこそ余計に、彼女のことを天使だと思ったのかもしれない。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。