「だからつきあわないほうがいいのはわかってるんだけど、好きになったものはしかたがありませんよね」。
そう言うのはミホさん(26歳)。異業種交流会で知り合った8名ほどのグループで、2年前から月に一度、食事会を開いていた。
case⑩【 先制〝交際宣言〟VS〝嘘の妊娠宣言〟の結末 】
「帰りはいつもバラバラだったし、そこから二次会に行く人たちもいたし、というような自由な会だったんです。何度目かの食事会のあと、店を出たところで解散、私は翌朝が早かったので駅へと急ぎました。そのとき、後ろから呼び止められて振り向くと、さっまで一緒だったKくんだったんです」
ふたりで飲みに行かないかと誘われた。1杯だけならと目の前の店に入ると、そこで彼に告白された。
「私はそれまで特に彼のことを意識していなかったけど、熱烈に告白されて気持ちが動いたんですよね」なんとなくデートの約束をしてしまったのだが、悪い気はしなかった。自分から追いかけては失恋することが多かったので、「愛されてつきあうのも悪くない」と感じたそうだ。
「順調でしたよ。週末は一緒にどこかへ出かけて彼のひとり暮らしの部屋に帰るのがパターンになって。彼の家の近所にいい店を見つけたり、ふたりで料理したり……。ただ、グループ内ではやはり内緒にしておこうと話し合いました。ふたりだけ浮くのがイヤだったから」
内緒にすると誰にも知られない。ということは、彼がそのグループ内で他の女性とつきあっていたとしても、同じように内緒にしていればわからないわけだ。ミホさんは、そうやって実際に二股をかけられていた。
「同じグループ内で別の女ともつきあうって、あまりに非常識。そんなことがあるはずはないと思っていたんですよね」
ミホさんと、もうひとりの女性、マリコさん、彼は同時期にふたりとつきあい始めたらしい。どちらが先か詳細はわからないが、大胆な男ではある。
それがバレたのは、マリコさんがある日の食事会で、彼とつきあっていることを宣言してしまったからだ。
「えっ!? てみんなびっくりしたけど、すぐに『まあ、そういうこともあるよね』『よかったじゃない、お似合い』という声が飛び交って。私はびっくりどころじゃない、顔がひきつっていたと思います。彼を見ると、私とは目を合わせないようにしてる。ああいうとき、どういう対応をするのが正解なんでしょう。思わず『私ともつきあってるじゃない』
と言いそうになったんだけど、やはり大人の対応をして黙っているしかなかった」
ミホさんは今でも、あのとき、「私も彼とつきあっている」と言えばよかったのではないかと後悔しているとつぶやいた。だが、多くの人はそれができないのではないだろうか。
「その日は食事会の途中で気分が悪くなり、ひとりでさっさと帰りました。帰りがけにマリコが寄ってきて、『大丈夫? 妊娠しているわけじゃないわよね』って。それを聞いて、彼女は私が彼とつきあっていることを知ったから、みんなの前で宣言したんだと悟りました。周知させた者勝ちだった」
そのときの屈辱感をどう表現したらわかってもらえますか、とミホさんは低い声で言った。彼女の心は一気に砕かれてしまったのだろう。
体が震えるほどの屈辱をあの女にも……
「本来、責めるべきは彼ですよね。わかっているんだけど、私はマリコが憎くてたまらなかった。あの勝ち誇ったような顔を思い出すたび、体が震えるんです。なんとか彼女にも私と同じような屈辱を与えてやりたい。それしか考えられなかった」
彼からは連絡がきたが、ミホさんは一切無視した。しかし考えてみれば、彼女と彼は毎週末といっていいくらい一緒に過ごしていたのだ。彼はいつマリコさんと会っていたのだろう。
「マリコはシフト制の仕事なので、土日が休みなわけではないんです。あとから知ったんですが、住んでいるところが彼と近かったみたい。平日の夜とか、あるいは彼が代休などをとったときとかに会っていたんでしょうね。月のうち1回くらいは、彼の仕事の都合で週末会えないことがあったけど、それは彼女の休みが週末にあたったんだと思う。あとから考えれば、そういえばあのとき……ということはいくつか思い当たりました」
ミホさんは、どうしたら彼女に痛手を負わせることができるか必死で考えた。このまま身を引いたら“負け”になる。恋愛感情がどうこうではなくなっていた。ただひたすら、マリコさんに致命的な傷を負わせたかった。
「とはいえ、みんなに内緒でつきあっていたから、今さら私が実は私も彼とつきあっていたと言っても、せいぜい同情されるか、彼らがグループに来づらくなるか、その程度ですよね。それでは気持ちがおさまらない」
次の食事会で、彼女は仕掛けた。
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