日野での闘病生活も明るく頑張ろう、と彼は思った。
実家での彼はよく眠り、祖母や母親の作ってくれるご飯をよく食べた。
病院の入院食よりも、子供の頃から食べているご飯のほうが、多く食べられる気がする。
四回目の投与には、自分で車を運転し、病院まで向かった。
投与のあと、気分は悪かったけれど、普通に運転をすることもできた。
翌日は副作用に耐え、その翌々日に病院に行って注射と検査をした。
彼の髪はすでに一本もなく、眉毛もなかった。
いつもの副作用に加えて、味覚の変化が起こったようにも感じた。
入院してから匂いの強いものは食べられなかったが、甘かったり辛かったりといった味の濃いものも苦手に感じる。
「なんか、最近、味覚が変わってさ。味が濃いと食えないっていうか」
投与の五日後、一緒に飯でも食うか、と土岸と外出していた。
土岸がラーメンを食べたいと言うのだが、彼にはそれを食べる自信がなかった。
「……ラーメンなんか食えるかな」
「無理なら残せよ。おれが食ってやるから」
だが食べてみると美味しくて、彼はつけ麺大盛り(麺二・五倍)を簡単に平らげた。
「すいません、スープ割りください!」
ダシで割ったつけ汁を、彼は全て飲み干した。
「お前さ……仮病だったんだろ?」
土岸が半笑いで言った。
仮病ではなく闘病中なのだが、その日から「仮病だったんだろ?」と土岸に言われ続けるようになった。
その日から二人の間で、病気のことは一切話題に上らなくなった。
ぽたり、ぽたり、と五回目の点滴を受ける。季節は春に向かっていく。
「モリ、暇だろ? 今から車で迎えにきてくれよ」
その頃、もはや土岸に容赦はなかった。
夜中の一時に日比谷に向かいながら、どうなんだろうな、と思った。
終電を逃したから迎えにきてくれ、とがん患者に頼んでくるのは、コイツだけだろう。応える自分も自分だけど……。
何だかんだ言いつつ、彼は今まで通りの扱いに嬉しさを感じていた。
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