前世紀の話なのですが、学生の時にテキ屋のアルバイトをしていました。ちょうどJリーグが始まった頃の話です。どうやってそんなアルバイト見つけるのかと思われるかもしれませんが、ふつうに情報誌で見つけました。週末にトラックに乗って、東京だけでなく、埼玉とか神奈川とかいろいろな場所のお祭りに行って、店のテントを立てて開店準備して、一日店番をして、夜に店をたたむ、という仕事をしていました。
売ったもので、とても印象的だったのが、ラブリーヨーヨーです。ネーミングからして印象的なのですが、ラブリーヨーヨーとは、「ハローキティ」とか「けろけろけろっぴ」といったキャラクターの頭の形をした中空のプラスチックのヨーヨーです。これを、間口ほどの幅広の長方形のステンレスの水槽に浮かべます。ただ浮かべるだけではありません。水槽の真ん中に防水仕様の蛍光灯を仕込みます。そしてポンプで、蛍光灯を周回するような水流を作るのです。すると蛍光灯の明かりに照らされた色とりどりのラブリーヨーヨーがゆるやかに水槽の中を動き続けます。
夕方になってくると、このディスプレイは俄然威力を発揮します。まるで誘蛾灯です。よちよち歩きの子ども達が吸い込まれるように集まってきます。
そのときに店番をしている者は何をすべきなのか? 一緒に仕事をしたお兄さんがコツを教えてくれました(たしか両肩にカラフルなデザインが施された方もおられたと思います)。子どもが水槽によってきたら、すぐに穴の空いたお玉を渡します。湯豆腐をすくうお玉ですね。そうすると、彼らは、そのお玉で水をかき混ぜたり、ラブリーヨーヨーをすくおうとしたりします。そうしていると、後から保護者がやってきます。そこでその人にすかさず言うのですね、「はい400円」と。
このラブリーヨーヨー、どう考えても原価は10円くらいの代物でした。サンリオのお墨付きだったのかどうかもあやしいものでした。わざわざ400円を払って欲しいものではありません。しかし子どもたちは、優れた陳列技術の効果もあり、ラブリーヨーヨーに夢中です。
保護者のリアクションは、当然、買うか、買わないか、の2つに分かれます。親の場合は、だいたいの場合「なにやってんの! そのお玉返しなさい! あっち行くよ!」と言って子どもを直ちに待避させます。ではどのような人が買ってくれるのか? それは、おじいちゃんです。おばあちゃんもだいたい買ってくれましたが、高確率で財布からお金を出してくれたのは、おじいちゃんだったと思います。
ラブリーヨーヨーでは、ふつうのヨーヨー釣りとちがって、1個しかすくうことができません。それなのに、なぜ安い作りのプラスチックが1個400円で売れたのでしょうか? 400円も支払う価値はどこにあるのでしょうか? おじいちゃんは、なぜ支払いを拒否できないのでしょうか?
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