ゾンビになってしまった青年ひろと泣き伏せるエリ先生
かつて江戸を横切って西から東へ飲料水を運んでいた玉川上水は、現在は上水道としての役割は終えているが、緑の残るその水路沿いには遊具やベンチが設置され、「玉川上水緑道」として細長く都民の憩いの場となっている。
ひろ宅からほど近い渋谷区笹塚にも上水跡はあり、急遽その緑道の広場で師弟たちは落ち合うことになった。
「ひろ! なんということじゃ!! まさか、ひろが転化してしまうとは……!」
「゙ア゙ウ〜〜ヒロ〜〜ゾンビニナダ〜〜!」
タクシーを飛び降りたゾンビコンビは、ブランコに抱きつき涙をほとばしらせているひろに駆け寄った。
「ゾンビ先生っ!! ねえ、戻して!! 僕を人間に戻してよ!! 僕の心臓を動かしてっっ!!」
ひろは師の姿に気づくと、必死の形相で掴みかかった。
「心臓、止まっちゃったんだよ!! 死んじゃったんだよ僕!!! イヤだ、ゾンビなんてイヤだよお!! 生き返らせてよ先生!! お願い!!」
教え子に迫られ、しかしゾンビ先生はゆっくりと首を振った。
「残念じゃが……、死んだ者が生き返ることはできん。それが生きとし生けるものの定め。こうなってしまった以上、もうおまえはゾンビとして生きながらえて……死にながらえていくしかないのじゃ」
「なんでだ——っっ!!! イヤだよおおぉぉ〜〜あんまりだ〜〜〜っ!!!」
ひろは砂場に突っ伏し、「イヤだイヤだよおおおおっ」と叫びながら両手を砂に叩きつけた。
錯乱する新人ゾンビの隣では、エリが同様に力なく地べたに座り、しくしくと泣き伏している。
「ひぐっ……ごめんひろ……私のせいで……、ひっぐ……ひっ……ううう……ごめん……、ごめんなさいっ……私のせいでひろがゾンビに……えぐっ…………」
その言葉に反応してひろはいきり立った。
「ごめんじゃないでしょおっ!!! 僕死んじゃったんだよ!? エリ先生のせいで死んだんだよ僕!? 人間じゃなくなったんだよ!!! 先生のせいで!!」
「ごめんなさいっっ!! ひっく……私はただ、ひろの怪我が早く治って欲しくて……。あれをやってあげたらモテない男子は喜ぶって、『an・an』に書いてあったんだもんっ……! ひっくっ」
「なにをそんな記事に踊らされて!! それは人間用の記事でしょうがっ!!! あなたはゾンビなんだよ!? ゾンビウィルス持ってるんだよ!! 傷口をしゃぶったらどうなるか想像できなかったの!? 傷さえなければいくらでもペロペロすればいいけどさ!!! ゾンビなんだから先生は!! 感染するでしょうがどう考えても!!!」
「ごめんなさあいぃ〜〜っ!」
「ごめんで済むかっ!! ただじゃ済まないからなっ。痛い目に遭ってもらうからな!! ほら、鞭を出して!! 仕返しさせてもらうよ! 今度は僕が叩く番だ!! ほら、寄こして鞭!!!」
「イヤっ!! やめてよおっ!!」
「イヤじゃない!! 今まで僕がイヤだと言っても耳を貸さなかったくせに!! 今日こそは叩かれる側の気持ちもわかってもらうからな!!! 痛いぞ〜〜怖いぞ〜〜〜い〜〜〜〜っひっひっひっひっ!!」
「いい加減にせんかっ!!!」 ガブリッ!!!
「ぼぎゃああっっ!!」
バッグを奪い合う二人の間に割って入ったゾンビ先生が、ひろの首筋に思いっきり噛みついた。
「…………心配せい。本嚙みじゃ」
「本嚙みはやめてよっ!!! 首がえぐれるかと思ったもう!! ああっ、でも、全然痛くない……もう痛みも感じなくなっちゃったよお……辛いよおぉ……」
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