「いいね!」をたくさんもらいたかったフラッシュモブ男子の結末
東京湾に面した晴海ふ頭公園。ひろはレアモンスターに向かい、しゃかりきに捕獲ボールを投げる。
レインボーブリッジや対岸のビル群には目もくれず、ひろはスマートフォンに見入っていた。SNS仲間から、流行のゲーム「ぼっけもんGO」のレアぼっけもんを晴海で発見したという情報が入り、早速ひろもやってきたのである。
公園には若者が多い。ひとグループだけランチの弁当を広げている会社員たちがいるが、他はデート中らしきカップルばかりだ。そんな中で一人ぼっけもんを集めているという惨めな現実を忘れるため、ひろは余計しゃかりきになって画面のモンスターに立ち向かっていた。
…………おや?
ふとひろは、視界の端に別のモンスターの気配を感じて手を止めた。あれはなんだろう? どうしてスマホの外にもモンスターが? 晴海ってそういうところだっけ?
「゙ア゙ウウ〜〜グワア〜〜〜ッ!」
「あっ! やっぱり! ゾン次郎!!」
50メートルほど向こうの、木立の陰から現れたのは腐った死体でおなじみのゾン次郎であった。ズル……ズル……と半白骨化した足を引きずり、死体は人の方へ寄っていく。ひろがいることには気づいていないようだ。
「え。まさかゾン次郎、誰か食べようとしてるんじゃないよね……今日は単独行動なのかなあ……いや、まさかな……」
ひろが戸惑っているうちに、ゾン次郎は一組のカップルに近づくと、女性の背後で顎を開き「シャ——!!」と威嚇音を出した。
その、生物の本能を脅かす面妖な音に、女性は首をすくめて振り向く。ゾン次郎と目が合い、刹那の沈黙。…………そして次の瞬間、女性は絶叫した。
「きゃゃゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ——!!!」
公園中の視線がその悲鳴に飛ぶ。すると……、同じくゾン次郎の姿を認めた群衆たちが、次々に恐怖の声をあげた。女たちからは耳をつんざく叫び。男たちからは「なんだあれは!!」「ば、化け物だ!!」「警察だ! 警察を呼べ!!」の声。ゾン次郎は絶叫を続ける最初の女性に今にも襲いかかりそうだ。
な、なんてことだ。ゾン次郎が、人間に気づかれてしまっている! なんでゾン次郎が一人になってるんだよ! ゾンビ先生はなにやってるんだ! って、言ってる場合じゃない助けないと!!
しかし、ひろが駆け出すより先に、女性のボーイフレンドがゾンビの前に飛び出した。
「やめろ! 真美に手を出すな!! 真美は、俺が命に代えても守る!! そおりゃあっ!」
男は果敢にゾンビに飛びかかった。どこに筋肉があるのかわからないゾン次郎がグワッと押し返すと、男は「うわー!」と叫んで倒れたが、すぐに起き上がり「負けるか!」と反撃を繰り出す。ひろからは当たっていないように見えるパンチの連打で、男は遂にゾン次郎を撃退した。グワワとうめきながら再び木立に消えるゾン次郎。
「大丈夫か、真美!」
男は腰を抜かしている女性に手を差し出し、助け起こした。かろうじて女性が立ち上がると、周囲の聴衆から一斉に拍手がわき起こる。
すると、どこからともなく、リズミカルな音楽が流れてきた。外国人歌手によるアップテンポな曲だ。聴衆の若者たちはみなノリが良く、拍手はすぐに手拍子に、そしてダンスに変わった。ひろは顎が外れそうなほど口を開けて呆然としている。
会社員のランチグループだけは同じように呆然としていたが、その他の観衆は全員が音楽に合わせてステップを踏んでいる。ゾン次郎と戦った男も、その輪に加わった。まだ震えたまま立ちすくんでいる女性を取り囲み、他の全員で息の合ったダンスを続ける。
やがて曲が終わると、男は怯える女性の前にひざまづき、ポケットから小さな箱を取り出した。あれは……、リングケースだ!
男が両手でそっと箱を開けると、中には光り輝く指輪が。……ひろにも、はっきりと聞こえた。「真美、これからも一生、君は俺が守る。結婚してくれ!!」という雄々しいプロポーズの言葉が。
ようやくひろは合点がいった。これは、フラッシュモブではないか。要するに大勢で仕掛けるドッキリだ。たしかにここ数年フラッシュモブでのプロポーズは大流行のようだ。そうかそうか、そうだったのか……。なんだよっ!!! びっくりしたな!! ていうかゾン次郎すごい重要な役で参加してたよね!! あーあ驚いて損したよまったく。
「ふざけないでよっ!!! もう信っじられない!!!」