ラテンアメリカ文学のニューウェーブ

古典的名作文学の面白さを再発見させてくれる名著、『生きる技術は名作に学べ』で知られる人気ブロガー・伊藤聡さんに、最新のラテンアメリカ文学の魅力を解説していただきました。80年代に、マジック・リアリズムと呼ばれるその不思議な世界観で、日本でも大流行したラテンアメリカ文学。その現在の姿はどうなっているのか。ぜひご一読ください!

日系ブラジル人のルイザさんと同じ職場で働いていたのは僕が二十代後半の頃で、当時彼女からはポルトガル語をずいぶん教わったのだけれど、いまでは「元気ですか」「ありがとう」「どういたしまして」といったかんたんなあいさつ以外は忘れてしまった。

ルイザさんは、当時(おそらく)四十代後半の、声が大きく、よく笑う元気のいい女性で、普段はコールセンターでポルトガル語の対応をしていた。僕が初めて接したラテンアメリカ出身者であり、「あなた、もっとしゃきっとしないと女性が寄ってこないよ」とストレートに忠告してくれた数少ない人でもある。小説や映画でしか知らないブラジルという国はどんな場所なのか教えてほしくて、僕は結構いろいろな質問をしたけれど、そんなときルイザさんはたいてい、笑いながら「ブラジル、めちゃくちゃだよ!」とだけ答えるのだった。

具体的にどうめちゃくちゃなのかは聞かせてもらえないまま、僕はその後に別の会社へ転職してしまったが、それいらい、彼女の言う「日本のあなたには、ちょっと考えられないほどめちゃくちゃ」な国であるブラジルについて、あれこれと想像を巡らせることになる。「だいたいのことが適当」「近所によくわからない人がたくさんいる」など、ルイザさんの語るブラジルはぼんやりとしていて、教えてもらうたびにむしろ困惑は増したけれど、同時に、他国の文化を理解するむずかしさを指摘されたようで少したじろいだ。自分の育った国や地域とは遠く離れた土地にある未知の文化を知ろうとする好奇心は、まちがいなく海外文学を読むきっかけのひとつだが、現代のラテンアメリカ社会については、まだ確かなイメージがつかめないままでいる。

「日本の読者に気づいてほしい一番大事なことは、ラテンアメリカ文学がどれほど変化してきたか、マジックリアリズムの潮流から僕らがどれくらい離れているのか、ということなんだ」と語るのは、『ロスト・シティ・レディオ』(新潮社)が日本でも翻訳されたペルー出身の若手作家、ダニエル・アラルコンだ。日本にいながら、現代のラテンアメリカがどのような場所かについて知ることはむずかしい。彼が言うように、日本の読者は『百年の孤独』(同)や『伝奇集』(岩波文庫)といった、かつての代表的作品のイメージのままでラテンアメリカ文学をとらえてしまいがちだが、これから紹介する作品を読めば、新しい作家たちの表現を通して、いまのラテンアメリカ社会を知る手がかりが見えてくるはずだ。

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