名刺ゲーム

今からあなたに、あるクイズにチャレンジしてもらいます!

家族も部下も切り捨て、人気クイズ番組のプロデューサーまで上り詰めた神田達也。ある夜、息子を人質にとられた神田は謎の男から「名刺ゲーム」への参加を命じられる。だがそれは、人間の本性を剥きだしにしていく《狂気のゲーム》だった――。WOWOW土曜ドラマ化(12月2日(土)スタート)で話題の小説『名刺ゲーム』を集中連載! 放送作家・鈴木おさむがテレビ業界を舞台にサラリーマン社会の悲哀を抉り出す衝撃作。

Pre Start

 もしお時間よろしければ、私の話にしばらくお付き合いいただいてもいいでしょうか? ちょっと長くなるかもしれませんけど。まずは私の覚えている話からね。

 イギリスの動物学者、ライアル・ワトソンの「エレファントム」という本に書かれています。一九八〇年、アフリカで象が三頭発見されました。もともとはもっと大きな群れだったはずです。でも発見された時に見つかったのはたったの三頭。それから七年後、三頭のうち、一頭が減り、象は二頭になっていました。残ったのは母象と子象。二頭は生きるために歩きました。しかし、その七年後、ついには母象一頭になってしまいました。友を亡くし、子供を、家族を亡くした母象。もしあなたがこの母象ならどうしますか?

 人間以外で自らの命を絶つ動物はほぼいない。レミングという種のネズミはものすごく増えた時に、数年周期で集団で海に入って溺れ死に、数を調整するなんて話もありますが、人間のように人生に希望がなくなったからといって命を絶つ動物はいない。だから、この母象も、生きるしかない。歩くしかない。母象はただただ一頭で歩きました。

 しかし、さらにこの数年後、ついには、この母象の姿も見当たらなくなったのです。母象は死んだのか? いや、違う。動物学者のワトソンには、その母象がある場所に向かったのだと確信があったんですよ。なぜだと思います? ワトソンが子供の頃に南アフリカのとある場所で見た光景が忘れられなかったからです。

 ワトソン少年は見ていました。目の前に大海原が広がる崖の上に、一頭の象が立っている光景を。何かを待っているかのように崖の上でぼーっと、ぎゅーっと寂しそうに立ち尽くす象。この象は、たまたま崖までやって来たのではないんです。来るしかなかったんです。

 しばらくすると象の目の前に広がる大きな海面を突き破るように、巨大な何かが出てきました。そう、大きな大きなシロナガスクジラが浮かび上がってきたんです。クジラは思い切り潮を吹いた。象に向かって。

 象とクジラはたまたまここで出会ったのか? 違う! 象とクジラは人間には聞こえない低周波で会話をすることができると言われています。そうです! おそらく、仲間のいなくなった象が大海原で生きる一頭のクジラを呼び寄せたんです。崖の上に立つ象は海の中に浮かぶシロナガスクジラと思いを語り合いたかったのだ。大きな脳と長い寿命を持ち、この世界で生きながらえていくゆえの苦しみを分かち合える仲間は、ここにしか残っていなかったから。象とクジラ。

 彼はこの話が好きだったんです。もしかしたら私がこの話をするのが好きだったのかもしれません。いずれにせよ、私がこの話をするのを、彼は嬉々として、時には鬼気として、聞いていました。

First Stage

1 玉虫色のスカーフの男

 私はこの日、自分の持っている中でも一番の自慢の黒いスーツを着込み、一番お気に入りのスカーフを巻いてあの人の帰りを待っていました。持っているスカーフは全て玉虫色なんですけど、その中でも色の変化が強いやつ。

 神田達也さん。私がこれからゲームをする人。クイズを出す人。この日が初対面です。達也さんの家のリビングでね、待っていたんです。真っ白な壁に囲われた二十畳以上はあるリビング。ガラス張りの家具が多くて、無駄なものはほとんど置いてない。こんな一軒家を建てることができるなんて、さすがテレビ局員ですよね。そこそこの年収の人間には、まずリビングをこれだけ広く設計すること自体が選択肢にないですから。私には無理。

 自慢の一軒家の白い壁にね、掌より少し長い鉄の杭を二本打ち込みました。真っ白な壁に杭を打つ感覚—罪悪感から来る快感って言うんですか? 子供の頃、蟻の巣に足で土をかけて埋めちゃった的な経験あるでしょ? あんな快感。壁にしっかりと根を張った二つの杭の先端には、丸い穴が空いてます。普通はここにロープとかを結ぶ。私はね、手錠、かけましたよ。防犯グッズの通販で買いました。

 防犯グッズの通販で手錠を売ってるっておかしいと思いませんか? SMグッズ以外で使います? 普通? 防犯グッズとして買ってる人なんていないって、絶対。女性がマスターベーションで使う電気マッサージ器を、肩こりなんです!というような顔で買ったところで、店員は全てお見通し。世の中にはこんなことがたまにある。話、それました。

 その手錠をね、二つ購入しました。一万五千円ほどで。その防犯には使わない手錠をね、一つずつ杭の先にカッチャッとかけましたよ。一メートルほど離れたそれぞれの杭の先に手錠がかかっている。なんだか刑事になった気分でした。

 そして、この二つの手錠には、人の腕がハメられているんです。真っ白な壁に両手を広げてね。まるで十字架に打ち付けられたみたいでした。杭の先の手錠は彼をしっかり捕まえたままでした。

 彼とは、和也君です。神田和也君。達也さんの息子さんです。明らかに進学校という空気を醸し出したブレザーを着てね。申し訳ないけど、口にはガムテープを貼ってふさがせてもらいました。

 どうでもいいけど、父親が達也で息子が和也って名前、どう思います? 漫画「タッチ」が好きだったのでしょう。夫婦で好きだったんでしょうね、熱烈に。好きだった漫画とかドラマから影響されて子供の名前つけるのってどう思います? 私は嫌だな。子供は名前を付けられるところから親の我儘に付き合わされているんですよね。哀しいことです。

 和也君の首に、鉄の首輪を付けさせてもらいました。おしゃれのための首輪じゃないのは分かっていただけるでしょう? 首輪のね、右横、頸動脈とうまいことかぶるあたりにね、黒いビワのようなものがついていて不気味さを主張しています。この鉄の首輪と同じものを、リンゴにも装着しました。洒落たダイニングキッチンの大理石気取りのテーブルの上に置いたリンゴに。リンゴの横にも鉄のビワがついていて不気味さを主張しています。

 和也君、手錠で両手をつながれてね、身動きとれずに、私のことをじっと見つめています。

 スタンバイ完了。あとは、達也さんが帰ってくるのを待つだけになったんですよ。

 夜十時十八分。ゲームを開始しました。

 リビングのドアを開け、部屋の電気をつけて視野が開けた途端、達也さん「うわ!!」って叫んで腰から崩れました。そりゃ驚きますよね。自分のいつもの生活空間が違和感だらけなんですから。達也さんにとってこの部屋に和也君がいることがまず違和感。今は一緒に暮らしてないわけですから。そして、その和也君が壁に打ち付けられた手錠につながれているという違和感。それに何より、私という知らない男が立っている違和感。強度の違和感は一瞬にして、人の骨盤から平衡感覚を奪います。だから腰って抜けるんです。

 こういう時ってね、一から説明しようと思っても無理なんです。まず、この状況での主従関係、誰に従うべきかを分からせるのが一番。

—いきなりお宅にお邪魔して申し訳ないと思いましたがね、ご挨拶代わりです。

 私は右手に持ったリモコンをテーブルの上のリンゴに向けて押しましたよ。すると、普段の生活とは一番遠いところにあることが起きました。

 バンッ! 爆発です。リンゴに取り付けていた鉄の首輪が反応して、リンゴが爆発しました。リンゴ粉々。砕け散りましてね。リンゴが置いてあったテーブルにも、水溜まりが乾いた跡のような穴が空きました。さすが大理石気取り。

和也君もその爆発を目撃して、手錠につながれた体を釣りたての魚のように揺らしましたけど、状況は全く変わらない。その光景が達也さんの目にも入るわけです。体じゃなくて、細胞が恐怖を感じると、脱力を生むんですかね。

 こういう場面では、このあとの一言が大事です。私、もう一つのリモコンをポケットから取り出して、和也君に向かって言いました。

—今度はあっちの首輪に指令を出して、吹き飛ばします。あのリンゴを。

 人間の頭を「リンゴ」と言うあたり、瞬間的に出た言葉じゃないな、考えてたんだなって思いますよね。大袈裟な感じがしてちょっと照れますけど、これはゲームですから。お許しください。

 和也君、達也さんを見ながら、手錠につながれた手をバタバタさせてもがきます。助けを乞う。なのに、父親の達也さん、依然、体が、細胞が言うことを聞かないといった感じでしょうか。立つこともできないまま、理解するしかなかったみたいです。私に従うしかないってことをね。

—達也さん……ですよね? あちらはあなたのかわいい息子さん、和也さんですよね?

—和也ー!

 達也さん、ようやく声を絞り出すことができた。「和也」って名前を。

 結局、危機的状況に立たされた時、人間は何を一番感じるか? それは「無力」なんですよ。こういう時に感じるんですよね。

—これから私が説明することを全て現実として受け止めなさい!

—なんですか? なんですか? なんですかこれ、なんなんですか?

 恐怖って語彙も奪うんですよね。「なんですか?」って何回言うんでしょうね。

—和也さん、高校二年生なんですって? いつも離れてるから、会ったのお久しぶり?

—なんで和也がここにいるんですか? なんですか? なんなんですか?

—落ちつきましょうよ! 慌てたってどうにもなりませんよ!

 言葉数が多くなってきました。ここ大事です。人は危機的状況から理性を取り戻すと、その状況を打開しようと、策を考え出します。この策を考え出した時が大切です。

 人は常に「選択」しながら生きています。例えば、寝坊して遅刻すると分かった時「選択肢」が浮かびます。飛び起きて着替えて会社に行くべきか? 風邪をひいて休むことにしようか? 休めないから会社に行くと決める。電話で会社に連絡すべきか?

遅刻したという事実を受け止め、被害を最小限に抑えるにはどうするべきか? 風邪をひいて体調悪いから病院に行くので遅れるという噓を後輩にメールすべきじゃないか?

 こんな感じで、人間の脳は小ズルい計算を、「選択肢」を次々にはじき出す。だからこういう時のポイントは、相手に「選択肢はない!」と思わせること。相手が考えそうなことを先回りする。

—隟を見つけて警察に電話しようとかしないでくださいね!

 そして再びリモコンを見せつけました。それが息子の生死を握るものであることを印象付けるように。

—私、ためらわずにこれ押せるタイプなんで。そうしたらどうなるか分かりますよね?

—これはなんなんですか? 金ですか?

—金を奪うのに、わざわざこんな面倒な小細工をすると思いますか?

 理性がだいぶ戻ってきてしまったところで、別の種類の恐怖を与えなければいけません。だからここらで言ってあげました。

—あなた、沢山の人に寂しい思い、させてますよ。罪な男です。

—どういうことですか?

—あなたは色んな人に悲しい思いを沢山させているんです。分かってるでしょ?

 この言葉で、私が達也さんを「神田達也」として理解していることが伝わって、別の恐怖を覚えてくれました。人気クイズ番組のプロデューサーってのはテレビ好きなら知ってるところかもしれませんが、「罪な男」という言葉が達也さんの体温を下げます。

 そろそろ達也さんがすべきことを発表です。これを伝える瞬間、私はさぞや嬉しそうな顔をしていたことでしょう。

—今からあなたに、あるクイズにチャレンジしてもらいます!

 私は達也さんがこれから行うべきクイズのタイトルを伝えました。

—そのクイズの名前はね、名刺ゲーム、The Name(ザ・ネーム)。

人気放送作家がサラリーマン社会の悲哀を抉り出す怪作。話題のドラマ化原作小説!

この連載について

名刺ゲーム

鈴木おさむ

家族も部下も切り捨て、人気クイズ番組のプロデューサーまで上り詰めた神田達也。ある夜、息子を人質にとられた神田は謎の男から「名刺ゲーム」への参加を命じられる。だがそれは、人間の本性を剥きだしにしていく《狂気のゲーム》だった――。WOWO...もっと読む

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