何が推理だ。なぜ俺があんたの思いつきにつきあわなきゃいかん」

放火事件の犯人と思われる人物が逮捕された。署に戻った海月の「間違いではないか」との指摘が上長の逆鱗に触れーー。
テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ、大ヒットした第1弾を全文公開。
推理だけは超一流のドジっ娘メガネ美少女警部とお守役の設楽刑事の凸凹コンビが難事件に挑む!
シリーズ最新刊『破壊者の翼』、好評発売中!



 ──うん。ついさっきみたい。詳しいプロフィールは私もまだ聞いてないけど、こんな時間に住宅地をぶらぶらしてたってのは無職でしょどうせ。名前は久保くぼっていったと思う。年齢は二十五くらいだってさ。

 電話口の麻生さんは早足で歩きながら話しているらしく、微妙に呼吸音が聞こえてくる。

「柳沢で捕まえたって流れたけど、職質バンで? 不審な様子だったと?」

 ──平日のこの時間に男一人、住宅地を手ぶらでうろうろしてるだけで充分不審よ。声をかけられた時から目が泳いでて、煙草を吸う様子もないのにライター持ってたってのが決定打。職質中に逃げ出そうとして、捜査員を突き飛ばして現逮、、だそうよ。

「ライター。でも、今回の犯人像からはちょっと……うわっ、警部、ですからプラス二十キロまでは出しても大丈夫ですってば。やんないから逆に今みたいなことに」

 ──何してるの?

「海月警部の運転で西東京署に向かって……る、はずなんだけど」俺は助手席の上で体をよじり、四方の街並みを確認した。「警部、ちょっとおかしいですよこれ。どこで曲がりました?」

 ──あの人が運転してるの? 設楽くん、きみ今、巡査だよ。

「知ってるけど、俺いま、左腕動かなくて」

 ──そうじゃなくて、二階級特進でもきみ警部補でしょ。遺族年金たいした額にならないよ?

「乗ってる人は死なないよ。自動車事故で死ぬのはぶつけられた方」海月がぐい、とブレーキを踏んだらしく、俺は前方にがくんと押された。吊った左腕がダッシュボードに当たる。「いってえ。ていうか麻生さん、なんで事故る前提になってんの」

 ──だって。

「まあ、そうだけどさ」

 特に小声にはしていない。海月は道を探すのに必死で、ハンドルにしがみつくようにして前を見ているので、周囲の会話など聞いてはいないのである。

 電話口の向こうで、麻生さんが傍らの誰かにああ、うん、と頷いているのが聞こえてきた。──氏名分かったよ。久保健史たけし二十五歳、無職、住所は向台町みたい。どうやら決まりね。
 じゃ、署で。

 いつものことだが、麻生さんは言うことだけ言うとさっさと電話を切ってしまう。俺は、言いかけて届かなかった言葉を車検証のステッカーのあたりに呟いた。

 ……そいつ、本当に犯人か?


 西東京署の廊下を歩く足取りは自然と速くなっていた。背後で海月が小走りになっているのが分かったが、いつものように歩調を合わせていられない。

「……ライターを持ち歩いていた、と?」歩きながら被疑者のことを話すと、海月は眉をひそめた。「しかも、昼間に住宅地を徘徊していた、というのですか。犯人が」

「俺も、どうかとは思いますが」

 何しろ西東京署に戻るまでにまた道を間違えているので、捜査本部のある大会議室には呼び戻された捜査員がすでに揃っていた。俺たちの処遇を知っているのだろう。皆、なんとなく俺たちが「見てはいけないもの」であるかのように、目をそらしたりしている。

 だが海月は、そういった視線や大会議室の空気などお構いなしだ。川萩係長は長机の上に手を置き、厳しい顔で湯呑みをいじりながら、隣の瀬戸係長と何かを確認しあっている。海月はそれに歩み寄り、遠慮なく呼ぶ。「川萩係長」

 川萩係長はぎろり、とこちらを睨んだが、隣の瀬戸係長が先に口を開いた。「あなた方、その恰好は何をしたんですか」

「中町小学校の」

「ちょっと現場付近の捜索を」正直に答えようとする海月の口を塞ぎ、俺は適当にごまかした。正直に答えた場合、捜査本部側からすればそれは「現場を荒らしてきました」という報告に他ならない。大目玉がまた一つ増えてしまうことになる。「それより係長、今、取調中だという久保ですが」

 川萩係長はふん、と鼻を鳴らした。「貴様らが遊んでいる間に捕まえた。地道な地取りで得た不審者情報に一致する奴を、正攻法でバンかけてな。分かったか」

「シロでないことは明らかですよ」瀬戸係長も言う。「意味なくライターを持ち歩き、昨日の事件の現場にふらりと現れた。地元の人間だし、犯人像にも一致します」

 海月が俺の前に出た。「ちょっと待ってください」

「あ?」川萩係長はそれだけで怒気を含んだ反応をした。

 だが海月は全く怯まなかった。「その犯人像、間違っているようなのです」

「なんだと?」

 途端に青筋を浮かべた川萩係長に対し、現場が市内で、とか、中町小学校の小屋の燃え方が、とか、海月はたどたどしく説明する。さっき俺に説明した時は分かりやすかったのになぜ今度は説明が行ったり来たりして下手なのか、と思ったが、ぷるぷる震え始めた川萩係長に対して全く物怖じしていないところからして、やはり海月の度胸は筋金入りらしい。

 だが。

 俺は、まずいな、と考えて、途中から彼女をこっそりつついていた。王道の見立て、正攻法の捜査法。地道な努力と人員の動員。そういったものでようやく挙げた容疑者を、いきなり横から「違う」などと言われたら、誰だって「ふざけるな」と思う。たとえその後に筋道立てて理由を説明したからといって、そんな話には聞く耳持たないのが普通なのだ。

「わけのわからんことを言うな!」案の定、川萩係長は吠えた。「何が推理だ。なぜ俺があんたの思いつきにつきあわなきゃいかん。犯人ホシは挙がったんだ。もう終わりだ!」

「ですから、挙がっていないのです。そこのところを御説明したのです」

「いい加減にしろ!」川萩係長のあまりの声に、大会議室にいる無関係の捜査員まで身を縮めている。「何が説明だ。思いつきじゃないか!」

「でも、証拠があります」海月は煤で汚れたコートのポケットを探って携帯を出した。「撮影したのです。現場の瓦礫をどかしてみたら、穴を」

「おい。いま何つった?」

 俺はやばいと思い、海月のコートの裾を引く。「警部、ちょっと」

「現場の瓦礫をどかしてみたのです。わたしたちが汚れているのはそのためです。そうしたら」

「何をやってる!」

 案の定、川萩係長は握っていた湯呑みを粉々に握り潰して咆哮した。「貴様、よくもやってくれたな! キャリアだろうが何だろうが、捜査妨害は許さんぞ!」

「妨害では」

「ちょっと、警部」俺は海月を引っぱり、彼女の前に出て川萩係長に頭を下げた。「無断で現場を動かしたのは申し訳ありません。ですが、そのおかげで新証拠が出ました」

「設楽!」

 怒鳴り声がまともに俺に当たった。

 瀬戸係長がまあまあ、と川萩係長をなだめ、俺に言う。「設楽さん、あなたはそういう立場じゃないでしょう」

 川萩係長はそこでようやく周囲の目に気付いたらしく、盛大に舌打ちをすると俺の肩を掴んで引っぱった。「設楽、貴様ちょっと来い」

 川萩係長に引っぱられるまま、おとなしく廊下に出る。係長は俺の肩を掴む指に力を込め、ぐい、と顔を近づけた。「設楽、貴様何をやってる。自分の仕事、忘れたのか」

「いえ」俺はニンニク臭い息に耐えつつ、肩を掴まれたまま背筋を伸ばした。「海月警部のお守りを、との御命令だと記憶しています」

「ならなぜ働かん」川萩係長は下から俺をねめあげた。「なぜあの海月クラゲの肩を持つ。そんなにキャリアが怖いか?」

「いえ」

「じゃあ懐かれて情が移ったか。一発やりでもしたか。顔はいいからな」

「係長、そういう事情では」あまりの言われように、さすがに腹が立ってきた。「俺だって最初はまともに話なんか聞いてなかった。でも、どうやら当たりみたいなんです。海月警部の……」

「ふざけるな」川萩係長は牙をむいた。「久保はクロだ。本部が総力をあげて挙げたんだ。言葉に気を付けろ!」

「しかし、ですが」

でも、、は左翼どもにやらせとけ! 貴様、飛ばされたいのか? そんなに本庁の水が合わんか」

 川萩係長はまた指に力を込めた。恐るべき握力で、俺は顔をしかめた。

「設楽さん」

 横を見ると、大会議室のドアが開いて海月が出てきていた。

 海月は川萩係長と、係長に肩を掴まれている俺を見ると、ふう、と溜め息をつき、静かに言った。

「川萩警部」海月はすっ、と眼鏡を取ると、平坦な口調で言った。「設楽巡査に用があります。離してください」

 彼女の声には妙な迫力があった。子猫でも牙は生えている、といったところだろうか。

 川萩係長は海月の雰囲気が変わったのをいぶかしむ顔だったが、ようやく手を離してくれた。廊下の先からこちらを見ていた職員が、川萩係長に肩を掴まれている俺から目をそらしたのが見えた。このままここで揉めていたら、いい見せ物だ。

 海月は眼鏡をかけ直し、俺の腕を取った。「行きましょう。時間がありません」

 俺は腕を取られたままよろけるように歩き出した。後ろから川萩係長が言う。「どこに行く」

「捜査です」海月は歩きながら振り返り、答えた。

 廊下を歩きながら、俺は自分が完全に孤立していくのを感じていた。もともと戦力外扱いではあった。だがこれでもう川萩係長、いや、他の捜査員たちからも煙たがられることになる。

 そう自覚した途端に不安感に包まれた。無重力空間に投げ出されたらこんな感覚なのかもしれない。俺たちはすでに、二係と西東京署、全体を敵に回してしまった──ということに、なるのだろうか? そうだとするなら、俺はこの先、どうなるのだろう。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

海月&設楽の捜査一課凸凹コンビの前に、最凶の敵〈鷹の王〉降臨!シリーズ最新刊!

この連載について

初回を読む
戦力外捜査官

似鳥鶏

テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ! 推理だけは超一流のドジっ娘メガネ美少女警部とお守役の設楽刑事の凸凹コンビが難事件に挑む! 連続文庫化&新作刊行を記念して、第1弾をcakesにて全文公開します!

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Kawade_shobo 公開しました!|[今なら無料!]テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ! 約3年前 replyretweetfavorite