いい人」でいたい人間には、この仕事をする資格はない

糀谷署管内で起きた女性殺害事件。刑事たちは七年前の幼女殺害事件の「被害者」家族のアリバイ確認に向かいーー。
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 アリバイを確認する質問というのは、聞き込みの中でも最も難しい部類に入る。プライバシーに立ち入る質問だから、というだけではない。確認だけですから、形式的なことですから、といくら言葉を盛って薄めても、「○時から○時の間、あなたはどこで何をしていましたか」と問われれば、相手は警戒するし不快になる。「それに答えられない場合、自分を疑うのか」と、露骨に訊き返されることもある。

 それでも今回はうまくいった方だろう、と、表面上にこやかに会話を続けながら高宮は考える。七年前の少女殺害事件。その捜査の時に高宮は何度か被害者宅を訪れ、殺された莉亜ちゃんの父親である石田弘樹ひろきと、母親の由美子ゆみこには会って話を聞いている。被害者の兄である石田楽人がくとにもだ。その時の高宮たちは彼らにとっては「憎き犯人を追いかける味方」であり、五十畑健太の自殺後に訪れた時には、意気消沈する高宮たちを逆に励ましてもくれたのだ。いい関係だと言えた。おそらくはそれが幸いし、石田弘樹はこちらが事件当日にどこにいたかを尋ねても「残業で会社に」と簡単に答えてくれた。もっとも、本当に会社にいたのかどうかについては確認を取らなければならなかったが。

「奥さんの方はご自宅にいらっしゃいましたよね。息子さんももう戻られてましたか?」高宮は斜向かいに座る石田由美子にも尋ねる。

「はい。いつも通り、夕飯の後『お父さんが帰ってくるまでにお風呂に入りなさい』と」石田由美子はぎこちなくだが微笑んだ。「いつも、なかなか入らないものですから」

「うちの息子もそうです。私が遅く帰って風呂に入ろうとすると『俺が今入るとこ』なんて」相棒の中島津刑事が石田弘樹に苦笑してみせる。「風呂なんて、子供にとっては面倒臭いだけのものなんでしょうね」

 石田夫妻は共感の苦笑を見せた。表情からはまだ何もうかがえない。

 高宮と中島津は「糀谷公園女子大学院生殺害事件」の「七年前の事件の線」を洗うため、七年前の被害者の遺族である石田家を訪ねている。

 表面上にこやかに会話をしていても、高宮は目の前にいる石田夫妻を「捜査対象者」として見ていた。七年前、五十畑健太は「加害者」であり、その家族は理不尽ながら「加害者側」とされていた。一方、この石田家は「被害者側」だった。だが五十畑健太の周辺の人間が殺された現在、立場は逆転している。今は五十畑家が「被害者側」であり、石田家は「容疑者側」だ。なぜ今になって動きだしたのかは不明だが、七年前の加害者側が被害者になったのなら、被害者側が加害者になったのではないか、と考えるのが当然だった。

 だから高宮たちに罪悪感はない。ダイニングに通され、七年前の事件の話を思い出させ、茶を出されながらアリバイを尋ねて、「七年前の事件に関係している可能性のある事件の捜査」とぼかしながら質問をしても。

 むろん高宮たちにも、七年前、あんなひどい目に遭った遺族にもっと配慮できないのか、という気持ちはある。七年前の犯人を変わらずに憎んでいるし、五十畑健太を自殺させてしまったことに関し、不甲斐ないと感じる気持ちもある。だがそのことは、今は関係ないのだ。今では彼らこそが捜査対象者。殺された野尾美咲にも莉亜ちゃん同様に未来があったし、遺族もいる。「いい人」でいたいがために手を緩めるような利己的な人間には、この仕事をする資格はないと思っている。

 今のところ石田弘樹が事件当時会社にいたということも、由美子が自宅にいたということも本人が言っているにすぎない。雑談で雰囲気を和らげながら中島津と一瞬目配せをしあい、高宮は考える。

 そこでダイニングのドアが開き、息子の楽人が顔を覗かせた。見たのは何年ぶりだろうか。今は高校生のはずだ。

「楽人くん」高宮は微笑んでみせた。「お邪魔してるよ。久しぶりだね。随分背が伸びた」

 そう言われるまで高宮が「昔来た刑事」だということに気付いていなかったような様子で、石田楽人は少し頭を下げる。「どうも。……もう一人の人は」

「古森さんを覚えててくれたのか」

 高宮は少し意外に思う。石田楽人は以前訪ねた時はいつも、すぐに自室に引っ込んでしまっていたのに。「あの人は今、係長になっててね。現場に出ないで指揮をとってる。俺はまだ平のままだけど」

 石田楽人はああ、とだけ言って、居辛そうにもじもじすると、廊下に消えてしまった。由美子が「もう、ドア」と言って立ち上がり、楽人が開けたままのドアを閉める。

 その時の様子で高宮は察する。あれこれ言われていても、長男の楽人が立派に成長していることが、娘を失ったこの夫婦の支えになっている。一見するとそれは、まともな家庭の姿だった。七年前、悲劇に見舞われながらも、娘の、妹の不在を乗り越えて、前に進もうとしている被害者家族。

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