警察官の息子なのに、犯罪者扱いされるなんて

【第4回】
警察一家に生まれた金田は、幼い頃から「悪を許すまじ」と教育されてきた。
それなのに、痴漢を見逃し、あげくに罪を着せられそうになった。
絶望感に打ちひしがれた金田が向かった先は――。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!


 じいちゃんが笑みを浮かべながら、少し遠くなった耳を金田に向けた。さあしゃべれ、と言われても、帰ってきたばかりで心の準備は何もできていない。

「あの、親父は?」

「今日は帰ってこん。誘拐事件があったっちゅうてな。署に缶詰めだわ」

「そんなに大変な事件なの?」

「まあ、広域捜査になるからの。やれ管轄が、とか大変みたいだわ」

 金田家は、父が地元の警察署の副署長で、母が元婦警。じいちゃんも元刑事で、兄は交通機動隊の白バイ隊員という、筋金入りの警察一家だ。金田も、幼い頃から徹底的に「悪を許すまじ」という教育を受けて育ってきた。なにしろ、名前も「正義」とつけられたのだ。幼い頃から叩きこまれた正義の心は、体の奥底にしっかりと根を張っている。

 金田自身も、大学卒業後は警察官になろうと思っていた。だが、大人になるにつれ、警察の限界も見えてきた。正義の味方であるはずの警察官だが、どうしても制約が付きまとうのだ。

 警察官は、組織で動かなければいけないし、個人の感情で行動することは許されない。重大犯罪の解決のために、泣く泣く捜査を諦めなければならない軽犯罪もある。悪事を働いているのは明確なのに、法のスキマを突かれて、手の出しようがないこともある。

 警察官として、正義の心を持つゆえの苦悩があることを、金田は家族を通していつも目の当たりにしてきた。現実は、勧善懲悪や正義の味方を受け入れてくれないのだ。

 だとしたら、組織や法にとらわれない正義の味方になろう、と金田は考えた。法に縛られない正義の味方。それこそが「パラライザー金田」である。金田は家族とは違う正義の道を進むべく、一般企業に就職し、より犯罪の多い都会に引っ越すことを決めた。仕事をする傍ら、正義の味方をボランティアでやるつもりだったのだ。家を出る日、見送る家族に向かって、「会社員になろうとも、正義の心は変わらない」と宣言したのは、決して遠い昔の記憶ではない。

 それだけに、自分が犯罪者扱いされてしまった情けなさを、じいちゃんにどう伝えればいいのかわからなかった。

「おなごにでもフラれたんか」

「それもある」

「仕事がうまくいかんのか」

「まあ、それもある」

「なんじゃ、はっきりせんのう」

 何がこんなにも自分を絶望させるのだろう。今日の出来事を、朝からゆっくりと思い返した。電車の中の光景がフラッシュバックする。女子高生の蔑(さげす)むような目、真犯人の嘲りに満ちた目。

「怖かったんだ」

 言った瞬間、両目から驚くほどの量の涙が零れ落ちた。畳にあたると、ぼたっ、と音が出るほどの大粒の涙だ。自分が泣いているのだとわかると、今度は肩が震えた。胸のあたりが痙攣(けいれん)して、上手く声が出ない。

「怖かった?」

「悪いやつがいたのに、怖くて、何もできなかった」

「そらおまえ、誰だって悪いやつは怖かろうよ」

 違う、そんなことない、と金田は首を振った。

「俺に、そいつをねじ伏せる力があったら、止めることができたんだ。でも、俺はビビって、迷って、結果的には見て見ぬふりをした。挙句の果てに、犯罪者にされるところだった」

「力、のう」

「俺は、超カッコ悪くて、ダサかったんだ」

 こんなはずじゃなかった、と、金田は下を向いて激しく肩を震わせた。突然、抽象的な話をしながら泣きだした孫を見て困惑したのだろう。じいちゃんは、ううむ、と大げさに唸り、残りの茶をすすって、突然立ち上がった。

「よし、マサヨシ、立て。行くぞ」

 実家から少し歩いたところに、警察の武道場がある。非番や待機中の警官が柔道や剣道の鍛錬を行う場所だが、休日には地元のチビッ子にさまざまな武道を教えている。小さい頃、金田も何度か遊びに来たことがあったが、気が弱くて泣き出してしまい、武道を習いに通ったことはない。

 誘拐事件とやらがあったせいか、今日は道場で鍛錬する警官はいなかった。じいちゃんは自分の家のようにずかずかと道場に入ると、着替えろ、と道着を投げてよこした。え、と戸惑っている間に、じいちゃんはもう服を脱ぎ始めている。

 道すがら、じいちゃんにはすべて話した。じいちゃんは、頷いたり、そうか、と相槌(あいづち)を打ったりしたが、基本的には何も言わずに聞いているだけだった。道場に連れて来たのはじいちゃんなりの意図があるのだろうが、いきなり道着を着せられるとは思っていなかった。

 じいちゃんは、手慣れた様子で道着を着込み、黒い袴をはいた。老人とは思えない軽やかな動きで細かくジャンプをし、一礼してから畳に上がる。じいちゃんは合気道の有段者だ。刑事引退後は、警察学校で女性警官の卵を相手に、特別講師を務めていたという話を聞いたことがある。とはいえ、それも二十年以上前の話だ。

「よし、じゃあ、ひとつ打ち込んでこい、マサヨシ」

「え、そんなこと言われても」

 打ち込んでこいと言われても、じいちゃんももうそろそろ棺桶に片足を突っ込みそうな年齢だ。いかに金田の腕っぷしがからっきしといえども、まかり間違って一発殴ってしまったら、大変なことになるかもしれない。

 金田の戸惑いを知ってか知らずか、じいちゃんは「遠慮はいらん」などと言いながらチョコマカ動いている。じゃあ、と、よたよた近づき、じいちゃんの頭に軽く触れるくらいの気持ちで腕を前に出した。手が届くか届かないか、という距離に近づいた瞬間、どこをどうされたかわからないまま、体がぐるんと一回転して、畳に叩きつけられていた。背中を強(したた)か打ちつけて、息が詰まる。

「ちゃんと受け身を取らんと、怪我するじゃろうが」

 そんなこと言われても、と、腰をさすりながら立ち上がる。

「本気でこんか、本気で」

 さっきよりも勢いをつけて、じいちゃんの腕を摑みに行く。が、摑んだ瞬間に、今度は仰け反るような格好で倒された。立ち上がって、再び摑み掛かる。じいちゃんが闘牛士のようにくるりと回転して金田の勢いをいなす。バランスを崩したところを玩具(おもちゃ)のように振り回され、結局、最後はまた転がされた。

「うそだろ?」

「なんだ、若いのにだらしない」

 何度やってもだめだった。じいちゃんに触れようとした瞬間に、体が違う方向を向いてしまう。おっと、と踏ん張ろうとすると、あっという間に投げられて、仰向けになっている。立ち上がり、投げられ、を、たっぷり十回以上繰り返すと、頭に血が上り出した。

「せいやあ!」

 気合い一閃、投げられるもんなら投げてみろと、一気に距離を詰めて、見よう見まねの突きを繰り出す。だが、拳の先にいるはずのじいちゃんは、いつの間にかすぐ目の前にいて、金田の腕の内側に両手をするりと入れていた。後は同じだ。体勢が崩れる。立て直そうと踏ん張る。体がぐるん、と一回転している。気がつくと、天井を見ている。

「いいか、マサヨシ。力というのは何だ?」

「な、なんだろう」

「もし、それがこういう力だったらな、理屈を知ればいいことだ。こりゃ、テクニックちゅうやつだからの。真面目に練習すれば、誰でも習得できる」

 俺には無理だよ、とぼやきながら、金田はよろよろと立ち上がった。

「ただ、力だけではな、悪人は屈服しないもんじゃ。見てみい、ぶん投げているうちに、マサヨシはどんどん苛立って向かってきたろうが。普段なら、か弱いじいちゃんに手を出すような、ヒドい子ではないというのに」

 か弱い、というところが引っかかったが、確かに、ムキになって向かっていったというのは、その通りだ。

「他人をねじ伏せるための力が欲しいならな、三年くらいみっちり鍛えてやるぞ。いっぱしになるわい。わしがあと三年も生きてるかは知らんが」

 やめろよ縁起でもない、と、金田は首を振った。

「力じゃねえ、のかなあ」

「本当の力、ちゅうのを見せてやる。ほれ、もっぺんかかってこい」

 じいちゃんはそう言うと、畳の真ん中で、すっと構えた。やや半身になって一歩左足を前に出し、胸と腹の前に手を構えて、五指を開く。少しだけ腰を落とし、息を吐いた。その瞬間、じいちゃんが、鉄の塊のようにどっしりとして見えた。慌てて拳を握って構えるが、まるで踏み込める気がしない。じいちゃんの顔つきは、さっきまでとは全然違う。

「さあ、来んか、マサヨシ」

 来い、と言われても、どう近づいていいのかわからない。これがよく聞く「スキがない」というやつだろうか。立っているだけなのに、額から汗がにじんでくる。

 それまでどっしりと動かなかったじいちゃんが、一歩だけ前に出た。咄嗟に、金田も一歩下がる。正確に言うと、下がろうと一瞬体重を後ろに傾けたかどうか、というタイミングで、じいちゃんがものすごい声を出して吠えた。「アッ!」とも「エイッ!」ともつかない、張りのある鋭い声に驚いて固まると、もう目の前にはじいちゃんの顔があった。じいちゃんはそのまま、右手で金田の腕を摑む。驚いたことに、九十近い老人に腕を軽く摑まれているだけなのに、金縛りにあったように動けなくなった。じいちゃんは微笑みすら浮かべていて、力を入れている様子もない。

 —パラライズじゃんか!


【次回「単に殴り倒したところで、悪人は悪人のままじゃ」は11月14日更新予定】

イラスト/平沢下戸


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この連載について

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行成薫

もしも突然、「超能力」に目覚めたら・・・? 誰もが一度は抱いたことがあるそんな妄想が、ある日とつぜん現実になってしまった五人。さえない人生が一変!と思いきや、どれもこれも「制約」つきで、不都合満載、トラブル多発・・・こんな能力、いった...もっと読む

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