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金田が、自分の中に眠る超能力に気づいたのは、地元の大学に通っていた頃のことだ。
日々、生活していると、あまりよろしくない行為をする人間を見ることが、ままある。酔っぱらって人に暴力を振るう人間や、盗み、万引き。恐喝や落書き。そんな時、金田の中で「悪を許すまじ」というシンプルな正義感が爆発する。頭の中では、デンデデン、と勇ましい音楽が鳴りだし、体を興奮させる。ちなみに、メロディーは勝手に考えたオリジナルだ。
正義の怒りを指先に集中すると、ピリピリとした感覚がある。ピリピリが徐々に大きくなって、親指から小指、十指すべてに行きわたったら、スタンバイ完了だ。金田は、正義の味方、「パラライザー金田」となる。テーマソングと同じく、それも自分で勝手につけたネーミングだ。金田は、超能力に目覚めて以来、地元で密かに自警活動をしていた。地域密着型の正義の味方、というわけである。
「おい、やめろ! この外道!」
その日は、塾帰りの中学生と思(おぼ)しき少年を恐喝する若い男を発見した。男は、国道沿いの広い駐車場のあるコンビニで、休憩中のトラックの陰、店舗の明かりの届かない暗がりに気が弱そうな少年を引っ張り込み、金を巻き上げようとしていた。やり方が手慣れている。常習だろう。
一発腹を殴られた少年は、完全に戦意喪失していた。放っておけば、彼は財布を取り上げられ、なけなしのお小遣いを奪われてしまうだろう。そして、とぼとぼと家路につき、うなだれながら帰宅する。いつもより遅い帰りに心配している母親に向かって、彼はこう言う。大丈夫、なんでもないよ。
そんなの許せるか?
金田の頭の中で怒りのボルテージがどんどん上がっていく。たとえ、金田が一一〇番通報をしても、パトカーが到着するまでは約七分。その間に男は少年から金を奪い、原付バイクでさっくりと逃走してしまう。彼のお小遣いは、戻ってこない可能性の方が高い。
じゃあ、目の前のこの悪を裁くのは誰だ?
俺だ!
「誰だ、てめえ」
「俺か」
正義の味方だ!
男に向けて、真っ直ぐに人差し指を突き出す。思わず武者震いするほどカッコよく決まった。金田がちらりと少年を見ると、まだ怯えているように見えた。
恐喝男は、突然現れた金田に驚いた様子だったが、金田が自分よりも小柄だとわかると、歪んだ笑みを浮かべ、よたよたと近づいてきた。殴り倒せば何の問題もないと考えたのだろう。
息を整え、へその下、丹田と呼ばれるあたりにじっと力を込める。男が、金田の間合いに入る。
「あ! お巡(まわ)りさん!」
金田がいきなり大声を出すと、男はつられて目をそらした。その一瞬を逃さず、両手を前に出して男の腕を摑み、溜めに溜めた力を一気に解放する。指先に集まっていた見えない力が、男の中に流れ込んでいくようなイメージだ。男は、急に棒のようになって倒れ、地べたにごろりと転がった。
——金縛り(パラライズ)。
生来、小柄で瘦せ形の金田は、ケンカなどからっきしだ。「力なき正義は無力である」とは昔の偉い人の言葉だが、金田は「力なき正義」そのものだった。悪を許せないという心はあるのに、力に訴えても、返り討ちにあうだけで何もできない。何者にも負けない強さを求めて筋トレなどに精を出してみたこともあったが、生まれつき小さな体は成長期を過ぎてもさほど大きくならず、筋力もろくにつかなかった。
力が欲しい。
そんなことを日々考えているうちに、いつの間にか、自分の中に不思議な力が宿っていることに気がついた。本人でさえ理屈はわからないが、強く念じることで、手で触れた人間を麻痺させることができるようになったのだ。極度の集中力が必要なせいか、能力を使えるのはだいたい一日に一度。金縛りの状態にしておける時間もせいぜい数分程度だが、その辺の悪党退治には十分な能力だった。
金田は、慣れた動きでカバンから粘着テープを取り出し、倒した男の手足をグルグルに縛り上げた。完全に男を無力化すると、携帯で警察に連絡をする。あっけに取られている少年に、警察が来たら事情を説明して、と伝えて、颯爽と現場を後にする。
悪をくじき、弱きを助ける。トラブルを解決すると、金田の心は晴れやかになった。
地域密着型正義の味方・パラライザー金田は、地元の大学に通う四年間で、数十件の犯罪を人知れず叩きつぶしてきた。だが、この無敵の能力にも一つだけ欠点があった。能力は、術者の体に対して非情なる負担を強いるのだ。
パラライズの使用は、加速度的に薄毛を進行させるのである。
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