木から落ちました、だと?そんな報告を受けたのは初めてだ!

放火事件の現場で失態を犯した海月と設楽は、「二係の猛牛」と陰で呼ばれる上長に激怒されーー。
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「……事情はよく分かった。で、お前らがいい歳して柿泥棒をやってたのはどういうわけだ」

「は。火元がどうやら二階のようでして、海月警部が、その、あの木の上からでないと部屋が覗けないと判断したらしく……」

「ほう。それで、二人で仲良くコアラの真似をしていたわけか」

「は。……いえ、海月警部がその、降りられなく……いえ、自力での帰還が絶望視される状況になったということで、その、救助を、と」

 二つ目だ、と思う。川萩係長の広い額に浮かんだ青筋の数である。正対しているとはいえ、この距離からはっきり視認できるだけの青筋が立つこと自体、あまり例がないことなのだが、今の川萩係長は右と左、額のそれぞれの隅に二つも綺麗な青筋を見せている。なんとも珍しい。今日は何か、いいことがあるのかもしれない。

 などと考えて現実逃避をしていないと胃腸がスポンジ状になりかねない恐ろしさだった。そろそろ朝の捜査会議の時間なので、隣の大会議室にはすでにかなりの人が集まっているが、この小会議室にいるのは俺と海月警部、さらに青筋を立てて長机の上の湯呑みを握りしめ、シーサーに似た顔でこちらを睨み上げている川萩係長だけである。

「……まあその、消防隊に助けてもらうのではあまりに恥、ということもありまして」

「当然だ。……で、ついでに派手な落下パフォーマンスで市民のみなさんにサービスか。そうだな。我々警察は、市民のみなさんに愛される存在でなければならんからな」

 長机が妙にかたかた鳴る、と思ったら、机でなくて腕をのせた川萩係長の方が震えているのだった。俺は恐怖で息苦しくなってきた。肩の怪我も痛む。

「……で、設楽。肩の怪我は大丈夫なのか」

「は」俺はますます緊張した。川萩係長は本気で怒った時、まず部下の体を気遣う発言から入る。「全治二週間とのことでしたが、回復の早さには自信があります。一週間で治します」

 昨夜、木から落下した結果、俺は左肩を脱臼だっきゅうし、楠さんに骨をはめてもらいながら大急ぎで現場から逃げた。マスコミ関係者には見られていないつもりだったが、すでに何枚か写真を撮られており、悪いことに撮影したうちの一人はたまたま現場付近にいた雑誌記者だった。俺たちは深夜捜査本部に呼ばれて、すでに管理官以下数名にひと通り怒鳴られているのだが、「捜査一課刑事、柿の木から落ちる」などというお笑い記事を出さないよう記者に頭を下げたり脅したりすかしたりの苦労をさせられた川萩係長にはまだ直接謝っておらず、そのため朝一番で呼びつけられたのである。

「いえ、その」俺は川萩係長の怒気に耐えられなくなり、頭を下げた。「申し訳ありません。今後はその、自重するとともに」

「ふざけるな!」川萩係長の咆哮ほうこうが小会議室を振動させた。隅のラックに立っていたピーポくん【*警視庁のマスコットキャラクター。オレンジ色をしたネズミのような動物だが二足歩行で、制服警官と同じベルトを締め、頭にはアンテナが生えている。それなりに可愛い。】人形が笑顔のまま倒れた。

「貴様らどれだけ俺に恥をかかせれば気が済むんだ! 木から落ちました、だと? そんな報告を受けたのは係長になって十年目で初めてだ! なんで俺が貴様らのコントの弁明をして回らにゃならん! 貴様らそんなに俺が嫌いか?」倒れたピーポくんが笑顔のままラックから滑り、顔面を下にして床へ落ちた。「この馬鹿野郎! 間抜け! 薄のろ! 唐変木! 所轄の連中の間じゃもう笑い話になってるぞ! どうしてくれる!」

 楠さんが広めた気がするが確かめようがない。川萩係長の怒声が吊った左腕に響くのをこらえつつ、俺は身を縮めて嵐が過ぎるのを待った。隣の海月もうなだれているが、彼女の方はなぜか怪我一つしていないのである。喜ぶべきことだが、何か納得がいかない。

「一昨日ガキに転ばされたのにまたこれか! それともお前らわざとやってるのか? 過激派のスパイなのか? 警察の威信を落とすのが目的か?」

「いえ、滅相も」

「だったら本庁の面子メンツ潰すのもいいかげんにしろ!」川萩係長は湯呑みを粉々に握り潰した。

 川萩係長の怒声はこの後五分間ほど続いた。キャリアの海月は普通にいけばいずれこの人の上司になるはずの立場なので、本来なら怒鳴りつけたりできないはずなのだが、今の階級はあくまで同じ警部であるし、もともと「二係の猛牛」「二係のピラニア」と陰で呼ばれる川萩係長は、一旦攻撃を始めると見境がないし手加減もしない。納得できない時にはたとえキャリアでも構わず噛みつく人であり、海月に対しても全く遠慮がなかった。

 嵐の時間は、所轄の若い刑事が震えながら顔を覗かせ、消え入りそうな声で「そろそろお時間で……」と訴えるまで続いた。川萩係長は青筋二つのまま立ち上がり、俺たちに怒鳴った。「これから捜査会議だ! 貴様らは隅っこに立ってろ!」

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