高橋源一郎「大切なことを言うときの「いやな感じ」」

【第1回】1人目は高橋源一郎さんのご登場です。ご自身の代表作3点として挙げたのは、『さようなら、ギャングたち』(1981)、『日本文学盛衰史』(2002)、『さよならクリストファー・ロビン』(2012)。それらの作品が生まれる以前、学生時代からデビュー時までの経緯を伺います。作家へと駆り立てたものは何だったのでしょうか? (聞き手・武田将明)

大切なことを言うときの「いやな感じ」

武田将明(以下、武田) この〈現代作家アーカイヴ〉という企画は、高橋源一郎さんをはじめ現代の作家の方に、ご自身の作家活動を振り返っていただいて、これまであまり日本の現代文学になじみのなかった人たちにも親しんでもらえるような記録を目指しています。

高橋源一郎(以下、高橋) 何でも聞いてください。なぜ結婚を何回もするか、とか(笑)。

武田 いやいや(笑)。今回は、『さようなら、ギャングたち』、『日本文学盛衰史』、それから『さよならクリストファー・ロビン』という三冊の作品を中心にお話を伺っていきたいと思います。

まずデビューまでの経緯をお伺いします。1969年に灘高校を卒業されましたが、この年はいわゆる東大紛争によって東大入試が中止されました。高橋さんは横浜国立大学経済学部に入学し、入学後は学生運動に参加されて、いろいろとあったのち、拘置所に拘留されます。

その間、一種の失語状態になってしまわれたそうですけれども、それはどのような状況だったのでしょうか。話したり書いたりすることが一切できなくなったのでしょうか。

高橋 そのことは僕も何度か書いたり言ったりしています。その部分に限って言うと、69年から70年にかけて何回か逮捕されまして、最後に逮捕されたのが69年の11月。それから70年の8月まで、留置場と少年鑑別所と拘置所に入っていました。最後の半年間が東京拘置所でした。

拘置所というのは、待遇が悪くないんです。本が読めるしね。よくうちのゼミ生に、「本当に本を読みたかったら、一回捕まった方がいい」って言うぐらいです。

他にすることがないので、ずっと読書していられるのですが、ただ一つ問題があって、面会が一日に一人なんですね。とすると、その日、誰かと面会すると、次に来た人には会えない。これはいまも変わっていないらしいです。

最初の頃は、面会に何人か来ていましたが、だんだん来なくなるんですね。最後の4、5カ月くらいは、当時のガールフレンドだけが、橋本というところから池袋まで、片道3時間かけて来てくれていた。泣ける話ですけど。

その彼女との面会時間も5分なんですよ。二重の網を通して、何か喋ろうと思うんだけど5分でしょう。だんだんね、会って喋るのがつらくなってきた。言うこともない。僕の状況は変わらないし、そのうちに彼女が面会に来るのかと思うと、重い気分になってくる。

話題がなくてね。無理やり「元気?」とか「調子はどう?」とか。そう言われても、「捕まっています」としか言いようがない。「昨日、『資本論』の第2巻を読み終わったところさ」とかね。そんなつまんない話題しかないんですね。

そうしているうちに、彼女と喋るのが何か苦痛になってきて、「今週は行けない」とかいう手紙が来ると、ほっとするようになっていって。結局、8月に釈放されて彼女に会いに行ったら、「別れたい」と言われるという悲惨な話が続くんですけれど。

それで、出所した後、日常生活で普通に喋るには問題ないんです。ただ、何か大切なことを言おうとすると、すごく緊張して言えなくなるという状態が数カ月続いたんですね。70年の終わりぐらいまで。それは一種の拘禁性ノイローゼからくる症状で、「なくなるよ」って言われたんですけれど。

それ以降、いまでもなんですけど、大切なことを言おうとすると「いやだな」と思う。いまだに拘禁性ノイローゼだということです。

でも、その大切なことを言おうとすると、とりあえずためらうというのが、もしかすると僕が作家に進んだ動因の一つになったのかもしれない、客観的に見るとね。まあ、「よかったね」とは言えないですけど。

その濃厚な感じ。本当のこと、大切なこと、重大なこと、決定的なことを考えて言おうとするとき、また書こうとするときも同じですね。すると、やっぱり何か「いやだな」という感じがする。なかなか説明しにくいです。

それは高見順が言う「いやな感じ」。状況がどうというよりも、自分のなかから起きるもので、どうでもいいことを書いているときは起きないですが、決定的なところにいくと「いやな感じ」。

武田 「いやな感じ」という言葉、たしか『さようなら、ギャングたち』でも、最後の方で主人公が「いやな感じがするな」と繰り返す場面がありましたね。

高橋 そうですね。だから、「自分のなかで起きている言葉というのは借り物だ、自分の言葉なんてない」と言ってしまえば、それはそれで単純なんですけど。

それでも、いろいろな言葉のなかで、これはちょっと自分の言葉かなと思うのは、割とぴったりその感じが出てくる。もう30数年になるんですけど、よい感じで「いやな感じ」というのは残っていますね。

『さようなら、ギャングたち』 (講談社、1982年/講談社文芸文庫、87年)

60年代半ばの映画、文学、音楽

武田 さらに、デビューするまでの経緯を、既存の年譜を参照して簡単に説明しますと、1979年頃からふたたび文章を書けるようになって、81年に「すばらしい日本の戦争」という題の小説で群像新人文学賞の最終候補になるも、このときは受賞を逃しています。

しかし、群像新人文学賞は『群像』6月号で発表されますが、当時の『群像』は同じ年にもう一度、群像新人長編小説賞も実施していて、そちらに「さようなら、ギャングたち」を応募し、優秀作に選ばれています。

このようにしてデビューされたわけですが、ひとつ私が気になるのは、なぜ小説という分野を選ばれたのかな、という点です。評論もたくさんお書きになっていますし、現代詩に対しても深い関心を持っておられる高橋さんの場合、ほかの選択肢もあったのではないですか?

高橋 これはたぶん、いまの若い世代の人たちには感じにくいかもしれないんですけども、僕は1951年生まれなので、60年代半ばが10代ですね。その頃、若い文学の愛好者が何に惹かれたかというと、とりあえず日本の現代文学ではなかったんですね。いまのようにインターネットもないし、どんどん情報が入ってくるわけでもない。

これは僕、割とはっきりと覚えているんですけれど、まず映画、それから言葉でいうと現代詩、音楽だとジャズとロックですね。音楽はラジオだったりレコードだったり、限られたところから輸入してくることが多かったですね。

小説で言えば、外国文学。それもどちらかというと現代フランス文学ですね。だから、65年に新潮社から『現代フランス文学13人集』というのが出ました。その辺から『カミュの手帖』とかね。

もちろんそのなかで、大江健三郎さんの小説とかも読むんですが、どちらかというとそれらはマイナーで、アラン・ロブ=グリエとかナタリー・サロートとかクロード・シモンとか、現代フランス文学を翻訳で読む。

映画もいろんな作品が入ってきたんですけど、やっぱりフランスの文化のヌーヴェルヴァーグ、つまりゴダールとかトリュフォーの影響が圧倒的に強かった。それでヌーヴェルヴァーグの映画を見る。それから現代詩を読む。ジャズはコルトレーンを聴くという。

単純といえば単純で、でもそういう共通の文化みたいなものが、どこでもあった。僕は大阪で育って、東京に行って大学に入ったら、やっぱり文学好きな人は、みんなゴダールを見て、コルトレーンを聴いて、カミュを読んでいるっていうふうな感じだった。

なので、その影響というのはずっとあって、日本の小説を中心に読むとか、真剣に読むということではなかった。


次回「30歳近くで小説につかまれる」へ続く

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)

1951年生まれ。81年『さようなら、ギャングたち』で群像新人長編小説賞優秀作、88年『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、2002年『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、12年『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞を受賞。小説に『虹の彼方に』『ゴーストバスターズ』『「悪」と戦う』『銀河鉄道の彼方に』など多数。

武田将明(たけだ・まさあき)

1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は英文学(18世紀イギリス小説)。2005年で日本英文学会新人賞佳作、08年「囲われない批評—東浩紀と中原昌也」で群像新人文学賞評論部門を受賞。著書に『『ガリヴァー旅行記』徹底注釈 注釈篇』(共著)、訳書にデフォー『ロビンソン・クルーソー』など。


『現代作家アーカイヴ』刊行記念トークイベント
「作家の言葉」の魅力とは?~映像と活字のメディアによる記録をめざして~
出演:平野啓一郎(作家)、武田将明(英文学者)、阿部賢一(中東欧文学者)
日時: 12月22日(金)19:30~(19:00開場)
場所:丸善池袋店2Fイベントスペース(当日受付: 1Fエスカレータ横カウンター)
入場料: 1000円(ソフトドリンク代込み)
https://honto.jp/store/news/detail_041000023818.ht...


高橋源一郎さんのインタヴュー動画は
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高橋源一郎さんのインタヴュー動画|飯田橋文学会


珠玉のインタヴュー集、かつ良質なブックガイド

現代作家アーカイヴ1: 自身の創作活動を語る

高橋 源一郎,古井 由吉,瀬戸内 寂聴,平野 啓一郎,飯田橋文学会
東京大学出版会
2017-11-11

この連載について

現代作家アーカイヴ~自身の創作活動を語る

飯田橋文学会

高橋源一郎さん、瀬戸内寂聴さん、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん…小説家・詩人・美術家の人たちは何を生み出してきたか? 自身が代表作を3作選び、それらを軸として創作活動の歴史を振り返ります。創作の極意、転機となった出来事、これからの話ーー...もっと読む

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コメント

jaj0_0 https://t.co/GlbKYYP9wV 5ヶ月前 replyretweetfavorite

hyakutaro_k 読み始めて気づいた。何年前か、この講演会行ったな…!高橋源一郎さんの言葉のぬくもりに包まれた時間の記憶がふと浮かび上がった ⇨ 9ヶ月前 replyretweetfavorite

limeA 拘置所で… https://t.co/vdZpgpKYku 9ヶ月前 replyretweetfavorite