「御意」
信長が朝倉景恒の投降をみとめないことだけは確実ではある。
「一乗谷の朝倉義景には動きなし」
木下秀吉がつづけた。これは家康も把握している。ただ疑問があった。
「われらが若狭まで迫っているのを、朝倉義景は知らぬのか?」
家康がたずねると、
「それはなかろうと推察もうし候」
「根拠は?」
「昨夜、小谷城での軍議に顔をだし、浅井長政よりおつたえいただきもうした」
「どのように」
「『織田の動静を伝えたにもかかわらず朝倉に動きが見えず。信長殿におかれては、もうひと押しお願いつかまつりたく候』の由」
「朝倉義景が、三万の大軍が目の前にせまっているのに、そこまでのどかでいられる理由はなんだ?」
「それは——」
木下秀吉は言葉をにごし、明智光秀の側をみた。光秀が口をひらいた。
「朝倉義景を内証で煽っているのが、上様(足利義昭)だからでございましょう」
「やすい狂言だ」
信長は鼻でわらった。
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