それでも朝倉は動かない

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎(かねがさき)の戦い(1570年)。徳川軍は、信長の頼みで織田軍とともに若狭国佐柿に進軍。朝倉軍の動向をうかがっていた。

「御意」

 信長が朝倉景恒の投降をみとめないことだけは確実ではある。

「一乗谷の朝倉義景には動きなし」

 木下秀吉がつづけた。これは家康も把握している。ただ疑問があった。

「われらが若狭まで迫っているのを、朝倉義景は知らぬのか?」

 家康がたずねると、

「それはなかろうと推察もうし候」

「根拠は?」

「昨夜、小谷城での軍議に顔をだし、浅井長政よりおつたえいただきもうした」

「どのように」

「『織田の動静を伝えたにもかかわらず朝倉に動きが見えず。信長殿におかれては、もうひと押しお願いつかまつりたく候』の由」

「朝倉義景が、三万の大軍が目の前にせまっているのに、そこまでのどかでいられる理由はなんだ?」

「それは—」

 木下秀吉は言葉をにごし、明智光秀の側をみた。光秀が口をひらいた。

「朝倉義景を内証で煽っているのが、上様(足利義昭)だからでございましょう」

「やすい狂言だ」

 信長は鼻でわらった。

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この連載について

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金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

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