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五十畑浩二は恨みのこもった暗い視線で、訪ねてきた刑事を睨んでいた。
「……知らん。帰れ。お前らなど、顔も見とうない」
「申し訳ありません」刑事の方は、とにかく下手に出るしかなかった。「ですが、あなたの安全のためでもあります。どうか、心当たりがありましたら」
「そんなもんはない。余計なお世話や」七年前と違い、ほとんど地元の言葉に戻っている五十畑浩二は、ドアの前で粘る刑事を押しのけ、怒鳴った。「お前らの言葉、聞いてるだけでムカつくんじゃ。帰れ!」
風圧で刑事の前髪を舞い上げながら、玄関のドアが乱暴に閉じられた。締め出された二人は肩を落としてお互いの顔を見あわせる。一歩後ろに下がっていた大阪府警の刑事が「どうします?」と尋ねると、東京から来た二人の糀谷署員は彼に会釈し、五十畑宅の門を出た。
「……どうしようもありませんね。あそこまで強硬とは」
「まあ、予想はできたことだけどな……」
沈む二人を見かねてか、大阪府警の刑事が声をかける。「とにかく、周辺の警戒はきっちりやらせます。それと、後でまた、府警のもんだけで訪ねてみます」
「ありがとうございます」
彼がそう言わなくとも、警察庁を通じて大阪府警には同様の要請があるだろう。だが糀谷署の二人は、あえて口に出してくれたこの刑事の気遣いに頭を下げた。
「糀谷公園女子大学院生殺害事件」の特捜本部は、今朝の捜査会議で「七年前の西青梅少女殺害事件の線」が出されると、すぐに動いた。まず考えるべきは第二の犯行の阻止だった。事件の性格からすれば、「次」があるとは限らない。だが被害者・野尾美咲が七年前の事件当時、五十畑健太と交際していたために今になって殺されたというなら、五十畑健太周辺の他の人間も犯人のターゲットになる可能性は充分にあった。五十畑健太の母親は事件後、病死していることが分かったが、父親の五十畑浩二は大阪の実家に戻って両親と同居、大学生になる弟の五十畑幸生は中野区のアパートで一人暮らしをしている。特捜本部ではそれぞれの家に電話をした後、所轄のベテラン二名を大阪に送った。管理官は本庁の人間を送りたがったが、五十畑浩二から見れば本庁の人間は七年前、息子を殺人容疑で任意同行した挙句、自殺させた仇ということになるため、捜査一課長自身が反対したのだ。本庁からすれば歯噛みするしかない状況だったが、越前刑事部長が大阪府警に話を通し、現地の所轄捜査員に同行してもらうという措置も取られた。
だが、結果はこの通りだった。糀谷公園での事件を話し、心当たりを聞こうとしたが、全く話にならない。わざわざ本庁の人間を外しもしたのだが、すでに「東京の刑事」そのものに敵意を持っている五十畑浩二に対しては、これもあまり意味はなかったようだ。
もっとも、一見して差し迫った危険が及んでいるという様子でなかったことは、糀谷署の二人を少しだけ安心させた。五十畑浩二は働いておらず、毎日引きこもっているような様子だということだったが、健康状態や周囲の状況にも特に異状はないという。彼らは大阪府警に情報提供をし、協力を頼むことを確認した上で、五十畑宅から引き揚げた。
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