いやあ面白い方のようですね例の美少女捜査官」

すっかり話題の中心の海月警部。その噂は警察外部にも広まっていてーー。
テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ、大ヒットした第1弾を全文公開。 推理だけは超一流のドジっ娘メガネ美少女警部とお守役の設楽刑事の凸凹コンビが難事件に挑む!





「……で、どうなったわけ?」とだけ訊いて、正面に座る麻生さんはラーメンの丼を箸で探り、掴まえた麺をずずず、とすすった。

「それ一発ですっ転んで、伸びてそれっきり」俺はレンゲいっぱいにチャーハンをかき集め、口に放り込んだ。西東京署の署内食堂は初めて使ったが、この高菜チャーハンに限れば当たりのようだ。「まあ瘤ができた程度で、本人はいたって元気なんだけど」

「あはは。頭に瘤が、とかおっしゃってましたが、そういうことでしたか」隣の楠さんも、笑いながらトンカツの最後のひと切れを口に放り込んだ。その隣では、麻生さんと組んでいる所轄の前田巡査部長が中華丼をかっこんでいる。仕事柄なのかどうか知らないが、捜査中の昼食がつい早食いになってしまうのは本庁も所轄も、男も女も変わらないらしい。

「見事ですねえ。そこまで綺麗に転べる人は、なかなかいませんよ。僕も見たかったなあ」楠さんが感心したように言う。他人のそんな所を褒める人間を、俺は初めて見た。

 海月がすっ転んだ翌日、西東京署の署内食堂はなかなかですよ、と楠巡査部長が誘ってくれたので行ってみたら、鑑捜査に回っていた麻生さんと所轄の前田巡査部長もいた。話題になっている海月本人は野暮用で本庁に戻っているのでどうしても彼女の話題が出てしまうが、理由はそれだけではない。

「まあ、大卒は警察学校も半年だし、学生みたいなのはいるけど」麻生さんは残ったラーメンスープに丼のご飯を流し込む。ラーメンライス、という土木作業員のおっさんのごとき昼食だが、ランチに恰好よさを求めていたら午後の仕事に差し障る、というのが本人の弁である。「それにしてもほんと変な話だよね。あんな可愛い子なら広報でも何でも、いくらでも適性が……」

 言いかけた麻生さんは口を閉じ、俺の後ろを見て肩をすくめた。

 そちらを見ると、食堂の湯気の中にダウンジャケットを着てちょこまかと歩く小柄な中年男性が見えた。彼は俺たちの視線に気付くとにこにこ笑い、カレー皿の載ったトレイを持ったままどうしてああ素早く動けるのか、という動きでこちらに来るところだった。「いやあどうもどうも、どもども」

 ダウンジャケットの男は鳩のようにぴょこぴょこ頭を振りつつどうもどうもどうもどもどもども、と言いながら俺たちの横に来て、いきなり背後に来られて慌てる前田巡査部長と肩をすくめる麻生さんにどうもと言い楠さんにどうもと言い俺にどもと言ってさっさと麻生さんの隣の席をめてしまった。「どうもどうも。いやちょうどよかった私もこれから昼飯で。御一緒に」

 ちょうどよかったのは彼にとってだけだし俺たちの方はもう昼飯が終わりそうなのだが、それらのことをすべてぴょこぴょこしたお辞儀と「どうも」と「ども」で押し流して彼はスプーンを取った。「ここの食堂は麺類以外はなかなかなんですよねえ。麺類はハズレね」

 麻生さんがレンゲを持ったまま「くっ」と呻く。

「いやいやどうも。これはついてるなあ。本庁捜査一課に西東京署捜査一係のみなさんがお揃いで。いやどうも麻生さん設楽さん久しぶりです」

「はあ……どうも」俺にまでどうもが伝染した。

「いやあ全く毎日寒いし全然雨降らないし嫌になりますなあ。今回みたいな非現住建造物放火だって次あったら類焼でどうなるか分からない。聞き込みで歩き回れば暖かくなりますけどねえ」

「いや……まあ」前田巡査部長がどうしてよいのか分からない様子で応じる。「寒いですね」

「とはいえ夜中まで歩き回ると夜風が染みますかやはり。この辺は畑なんかもあって風が吹きわたりますからねえあとひと月もすれば黄砂現象ですよ。設楽さん楠さんは地取り、麻生さん前田さんは鑑捜査ってとこですよね?」

「……そういうことは」元が無口であるらしい前田巡査部長は完全に押されている。

 名目上は職員以外の利用も可能だが実質的に職員しかいない署内食堂に平気で入り込み、ダウンジャケットを着たままカレーをかっこんでいるこの男は警察マニア向けの警察情報専門誌「S 1 S
*「Search1Select」つまり「選ばれし捜査一課」の意。捜査一課の刑事が付けるバッジにはこう記されている。】」の記者、生田いくたさんである。以前は週刊誌の記者であったらしいこの人は駄目でもともとという前提でどんなことにも挑戦してみる度胸と記者根性に裏打ちされた強固な図々しさでもって刑事たちのいる場所を嗅ぎつけてはやってきて、わけがわからないうちに聞き出したいことを根こそぎ聞き出し、跡に大量のどうもを残して去っていくバッタの大群のような人だ。今だって、捜査の班割りなどどこで聞いたのだ。

「いやあどうも」生田さんは福神漬をひと口で全部食べた。「で、噂のあの方もそうですか? 今いらっしゃらないのは本庁の方に用事で?」

 警察全体から見た記者というのは微妙で、捜査情報をすっぱ抜かれて隠密捜査を台無しにされることもあれば、情報操作に協力してもらって犯人逮捕につながることもある。基本的に危険で煙たくて関わりたくはないがいないのも困る、という劇薬のような存在である。だがそういうドラマチックな関係は新聞記者と幹部の間のものであり、とりわけ生田さんのような警察マニア向け雑誌の記者は、独断で彼らとつきあっていいはずがない俺たち平刑事にとって面倒な存在でしかない。たとえ時折現役警察官をヒーローのように書いてくれた記事を見て、ちょっと面映おもはゆい気持ちになることがあったとしても、である。

 捜査情報をぺらぺら話していいはずがなく、所轄の二人は困った顔をしたが、前から付きまとわれている俺たちは慣れている。麻生さんは「噂?」とだけ訊き返した。

「いやあ面白い方のようですね例の美少女捜査官。私のとこにも風の噂が届いてくるほどでして」どう見ても一番風上にいる生田さんはあっさりと言った。「実際どんなもんですか? 何やらえらく可愛らしいようで。ちっちゃいんですよね?」

「美少女?」麻生さんが眉をひそめてみせた。「私、そんなに小さくないと思うけど」

「いやいやどうも、麻生さんのことじゃありませんよ。麻生さんは美人捜査官」生田さんは軽く言う。実際に雑誌にそう書いたことがあるのだ。「最近入られた方です。なんて方でしたっけ設楽さん」

「いや」麻生さんに対応を任せることにしてチャーハンの残りをかき集めていた俺は答えに窮したが、反応してしまったからもう仕方がない。「誰のことか知りませんが、捜査員の名前や顔についてはノーコメントです。広まると困るんで」

「いやあどうも、そういう事情もありますわなあ。でもどうです? 私なんか正直なところ、あの子はもっと全面的にアイドルとして売り出した方が警察のイメージアップになるのでは、と要らぬお節介を考えてしまうんですが」

 前田巡査部長が思わず頷くのを目の端で捉え、生田さんはほんの一瞬だけ確認するように視線を動かした。ここまでこちらは何も言っていないのだが、もうすでに「最近、ちっちゃい美少女捜査官が捜査一課に来て、しかも西東京市連続放火事件捜査本部に加わっている」というところまでは言質げんちを取られてしまったことになる。たいしたものだ。

「ま、上が決めることですから」俺はそれだけ言ってチャーハンについてきたスープを飲みほした。

「そうなんですよねえ。上の意図というのは、どうしても現場の捜査官には伝わりにくい」

 生田さんがそこまで言うと、突然声色を変えた。「越前刑事部長はなぜ人事に口を出してまで、彼女を捜一、、に入れたのでしょうね」

 俺だけでなく全員がぴくりと動きを止めた。

 生田さんの方は、俺たちの反応を承知の上で、あえて無視するかのように独り言の口調を続けている。「まあ彼女、越前刑事部長の親戚だそうで、つまり信用できる相手、ということなのでしょうが、ということはつまり、ばれちゃ困る何かがあるんでしょうね」

 努めて反応しないようにしていたが、俺はどうしても気になり、つい訊いてしまった。「……何の話です」

「ここだけの話なのですがね」生田さんは声をひそめ、にやりと笑って身を乗り出した。自然と俺たちも重心を前に移してしまう。「彼女を捜査一課に入れたのは、越前刑事部長直々の指示だったそうなんですね。しかもそれは、配属直前まで秘密にされた。どうも刑事部長は彼女を使って、こっそり『何か』をするつもりみたいなんです」

 俺たちはつい、お互いに顔を見あわせてしまう。完全に生田さんのペースだが、もうあまり構ってはいられない。

「『何か』……ですか」

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Kawade_shobo 公開しました!|[今なら無料!]テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ! 3年弱前 replyretweetfavorite