63歳でチアダンスチームを作るまで。私の半生を駆け足で(3)

85歳になる現在も現役で、華麗にステップを踏み、ターンを決める。「やりたいことをやって人生を楽しみましょう」と毎日を楽しくアクティブに送る滝野さん。
25歳で結婚し、1男1女にも恵まれましたが、結婚生活は砂を嚙むようなものでした。子どもたちも独立した52歳、父の死をきっかけに「自分の人生を取り戻したい」「ありがとうと言って死にたい」という思いから家を出て一人暮らしをはじめます。

老年学を学びにアメリカへ

 1984年5月3日、52歳のときに家族を残して家を出て、一人の生活をスタートさせました。
 家賃がいくらだったかも忘れてしまったけれど、新居は東急東横線沿線の小さな木造アパートの一間です。カラーボックスで食器棚を作り、家からくすねてきた半端ものの食器を納め、洋服は段ボールの組み立て式の衣装ケースへ入れて、ほかには何もない簡素で質素な部屋でした。
 27年間の結婚生活から開放された喜びはどれほどだろうかと思っていましたが、引っ越しをしたその日は、ただただ、茫然としていたのを覚えています。
 その部屋で新しい生活がはじまったわけですが、家を出て一人暮らしをはじめたところで、どうってことないわけです。父の死に直面して感じた「生きる」ことへのもやもやした気持ちは大きくなるばかり。

 なんとかしなければという焦りの中で、学生時代に留学していたときの友だちがgerontology(ジェロントロジー)—老年学を勉強していると言っていたことを思い出しました。
 老年学とは、人が肉体的、精神的、心理的に、社会や家族の中でどう老いていくのかなどを統計を用いて研究した学問で、扱うテーマは多岐にわたります。その老年学の知識があれば、上手に生きる術(すべ)や死への向き合い方がわかるのではないかと思ったのです。
 思い立つと、「これしかない」という考えにとりつかれるのが私の性格で、留学をして老年学を学ぶことが、すべてを解決してくれる手立てのように思え、一人、盛り上がっていきました。でも、実際のところはそんなに格好のいいものではなく、ここではないどこかへという気持ちが大きかったようにも思います。
 家を出て、一人暮らしをはじめても、「だからなんなの?」「自分の人生、うまくいくのかな?」という気持ちは根強く、だったら、大好きなアメリカに行って、気分転換代わりに勉強でもするかみたいなノリだったような気がします。
 しかし、老年学を学べる大学に行くと決めたものの、どこの大学がいいのかまるでわかりません。1984年のことですから、今のようにインターネットで検索というわけにもいかず、調べようがないのです。とりあえず、行くだけ行って現地で情報収集をしようと思ったのですが、そもそも現地の学校の入学許可がなければ、学生ビザは発行してもらえません。
 我ながら、本当に短絡的というか、後(あとさき)先考えずなのですが、とにかく学生ビザを手に入れなくちゃ!と思い、駐日アメリカ大使に手紙を書いたのです。

「ジェロントロジーを勉強したいのだけれど、年も年だから1日も早く行きたい!  学生ビザをなんとか出してほしい!」
 手紙での直訴です。すると、アメリカ大使館から呼び出しの手紙が届き、訪れるとその日のうちに「学生志願」という仮の学生ビザがおりました。最初の壁をクリアして喜ぶ私に、「そんなものでは入国できないよ」と言った意地悪な日本人職員もいましたが、おばさんの熱い思いを受け止めてくれた大使には、感謝の言葉もありません。
 そして、友だちや知り合いなどのツテをたどり、老年学が学べる大学を3校紹介してもらい、授業料が安いノーステキサス大学に決めて書類の準備を進めていきました。

 ここで次なる問題が起きます。アメリカやカナダの大学院に入るためにはGRE(Graduate Record Examination)という試験のスコアを提出しなければいけないのです。
 でも、入学に必要なGREのスコアをとることは、そのときの自分の能力では絶対に不可能だとわかっていました。GREの勉強をしていたら、アメリカに行けるのはいつになることやら。そこで今度は、ノーステキサス大学の学部長に手紙攻撃です。

「私は年だから待っていられない、1日も早く許可証を出してくれ!」ウンヌンカンヌン。
 ここでもまた直訴が効きました。無事に許可がおりて、アメリカ行きが決定。アメリカ人って熱意を受け止めてくれるんですね。

つらくも楽しい留学生活

 そうして53歳の留学生活がはじまりました。最初の1学期はとてもつらいものでした。こう言ってはなんですが、そもそも老年学自体、おもしろい学問ではありませんでした。年をとって人はどう変わっていくかなんて研究、楽しいわけがありません。しばらくは、こんな勉強をするつもりじゃなかったみたいな気持ちが続きました。
 勉強も大変です。リーディングのクラスでは、毎週、課題の本が出されます。あたりまえですが、すべて英語。しかも、分厚い!
 800ページもある本は娘に日本語の翻訳本を送ってもらってなんとかパスしましたが、講義はどんなに熱心に聞いていても半分程度しかわからず、まして、話を聞きながらノートをとるなんてことはとてもできません。3時間の授業をテープに録音し、翌日9時間かけて文字に起こすという日々を過ごしていました。

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85歳のチアリーダー

滝野文恵

「何歳からでも人生は楽しくできるのよ!」 滝野文恵さんがシニアダンスチーム「ジャパンポンポン」を立ち上げたのは63歳のとき。85歳になる現在も現役で、華麗にステップを踏み、ターンを決める。「良妻賢母」の枠にとらわれて苦しんだ時期を乗...もっと読む

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コメント

AnyonePf17 「老年学」という学問があるんですねえ。しかも、それを学ぶために、アメリカ大使館やアメリカの大学院に直談判する行動力!すごい!↓ 3年弱前 replyretweetfavorite

shu_alter 戦前生まれのおばあさまの自伝。すごい、すごいなあ…。でこの文章が読めます。 3年弱前 replyretweetfavorite