可愛げもいいけどかしこげもいいなぁ。
素敵な女性は言葉づかいにコレが出ます。
「オトナは無邪気なだけでは生きてゆけない。ことに女は」
かつて私は『言い寄る』という小説で、こんなふうに書いたことがあります。
みなさんと同じ30代の女性を主人公にして、たくさんの夢見小説を書いてきたけど、無邪気なだけの女なんて、決していません! どんな女の人でも、みんな、智謀に長けているもの。
ああせな、こうせな、そうでなきゃ損やわって、ちっちゃい頃からよう考えてるものですよ、女の子は。そういうのはきっと神様が与えてくれた才能だと思うんです。
それで、ときどき、ちょっと頑張りすぎてしまうのね。仕事も恋愛も力が入り過ぎて空回り。
「可愛げないなあ」って言われたりして、しんどいときもあるでしょう。
女の子はね、あんまり頑張りすぎない方がええねん。
あっさりした方がいい。
自分と相手は違う人間なのにそれに気がつかないふりをして、自分の思い通りにしてもらおうとするから疲れちゃう。
全部が全部、思い通りになんていきませんよ。
「ちょっと今、しんどいなあ」ってときは「ま、そういうこともあるし」と思ってたら、いい。
嬉しいこと、泣きたいこと、そんなんが全部集まって人生だからね。頑張りすぎはいけません。
自分を楽しませないと。
毎日ごきげんさんが一番。
そりゃあ私だって、ごきげんさんじゃない日もありますよ。それでも朝起きて、髪きれいにして、朝ごはんに好きなものでも出れば、もう、ニカニカ。顔がほころんじゃう。こんな単純でいいの?
自分でプッと吹き出すようならバンザイね。
長い目で見れば、我慢するのも勉強になるしね。我慢は人を育てます。そうかと言って「あのとき、ああしたらよかった」とクヨクヨしてばかりでは人間大きくなれへん。
その時は落ち込んだとしても「いや、あれでよかってん」、自分の頭をなでてやらないと。
どうしても腹の虫が治まらないときは思いきり悪たれ口をついてみるといい。我慢より腹の虫の方が大事なときもあるからね。そういうときのために大阪弁には「あほんだら」という魔法の言葉があるんですよ。「あほう」では足らん、もうちょっと腹にぐっと力を入れて「あほんだら!」。
私も人に面と向かって使ったことはないですよ。ひとりでいる時に、つぶやくわけ。
思ったことは口に出さずにはおれないのが女です。言えば、それで気が済む。けど何事も言い方次第。若い時はどうしても言葉が足りない。言いたいことをそのままぶつけるから「可愛げがない」と言われてしまうのね。
「可愛げって、どうやって学んだらいいですか?」、真顔でそう聞いた人がいたけれど、可愛げっていうのは勉強して身につけるものと違います。自然とにじみ出るものです。相手を傷つけないように言い方を一生懸命工夫するから、優しみが出てくる。こういう自ずとにじみ出る感情が、大人にはなければいけません。
相手の気持ちに敏感になる。これも人間の成長やからね。これがないと仕事もできませんよ。
別にうまいこと言おうとしなくたっていいの。言葉を惜しんではダメ。あなたが何か言って、友達がぷうっとふくれて向こうへ行ってしまった。そんなとき、「気がつかなくて、ごめん。何か悪いこと言うた?」、ひと言でもあると違うと思います。
私も昔は「言わずのおせい」って言われていたんですよ。うまい言葉なんて、ちっとも浮かばなかった。ドラマみたいなセリフがすらすら出てくるのも逆にいやらしいけれど、「ごめんなさい」のひと言しか言えなくたって、あなたがきれいな心でいれば、気持ちはちゃんと伝わるものですよ。
そうして、だんだん人の気持ちを慮ることができるようになると、今度は可愛げの代わりに「かしこげ」が出てくるんです。相手が本当に言ってほしいことがわかるようになる。ああいう言い方もある、こういう言い方もある、いろんな言葉をふくよかに蓄えている人がほんまの大人。
可愛げもいいけど、かしこげもいいなあ。素敵な女性は、言葉づかいにコレが出ます。
編集部注:この書籍は2011年~2012年にかけて兵庫県・伊丹市にて行なったインタビューをもとにした語りおろしです。書籍発売当時は田辺聖子さんは85歳です。