「荷物、それ何入ってんの?」
「仕事道具と、あとはアイロン」
「アイロンって何でだよ!」
東京最後の夜、深夜バスが出るまで、土岸やルミバイト仲間と新宿で飲んだ。
「え、じゃあ佳奈ちゃんはどこに住んでるの? どっち? どっち半球?」
「えー、北ですよー」
土岸はルミバイト仲間のなかに完璧に溶け込んでいた。というより、いつの間にかヤツは、彼が紹介した美奈ちゃんとカップルになっている。
「中学生のときは、マンガを描いてました。マンガ家になりたかったんです」
ビデオカメラを回しながら、メラくんが言った。もう随分長くて深い付きあいになるのだが、メラくんは決して敬語を崩さない。
「それって、どんなマンガなの?」
と、野田亜也華ちゃんが訊いた。
「それは言えません」
「言えよ!」
「言えよ!」
騒ぐ者たちの顔は、メラくんによって余すところなくビデオ撮影される。
「宇宙人が……高校に転校してくるんです。そして、宇宙パワーで甲子園を目指します」
「何だそれ!」
「タイトルはなんていうの?」
「……甲子園クライシス」
「クライシス!」
「甲子園クライシス!」
「だせえ!」
お別れ会というより祝勝会みたいな感じで、というより普段の飲み会と何も変わらなかった。
京都には修学旅行で行ったきりだけど、新幹線なら二時間ちょいだし、深夜バスなら五千円以下で行ける。
きっと年に何回かは東京に帰ってくるだろうし、土岸あたりは、ふらっと京都に遊びに来そうだ。
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