「こんにちは、王生際ハナコです」
3日後、優奈はあの日ウェイトレスに渡されたメモの場所、王生際ハナコ作戦会議室を訪れていた。
「あ、工藤優奈です……すみません、作戦会議室ってはじめて聞いたので、ちょっと勝手がよくわからないのですが……カウンセリングとか占い的な感じでしょうか?」
余計な物がなく清潔な部屋、小さなテーブルを挟んで対面にいる、ハナコと名乗る女の人がちょっと綺麗すぎることにはビックリしたが、室内の雰囲気からするとだいたいそんなところのような気がしたので、とりあえず訊いてみる。
するとハナコは「あ、ううん」と短く返事をした後、改めて優奈のことを見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「私は占い師ではないので未来の予言をする係ではありませんし、心理カウンセラーでもないので心の治療もいたしません。私の仕事は、お悩みを解決することです。一緒に、あなたの人生の問題解決をします。具体的に言うと、あなたが欲しい未来を手に入れるための作戦を、一緒に考えるというわけね」
占い師ではない……カウンセラーではない……。
「そのことのために、今日から取り組めるミッションを決めて、あなたの人生を動かしていきましょう」
ミッション……?
よくわからないけれど、セックスレスは、この作戦会議の対象に入るのだろうか。優奈の中に一抹の不安がよぎる。そもそも「作戦会議室」という場所に、性的な悩みを持ちこむのってどうなのだろう……非常識なんじゃ……。
そんなことを考えていると、ハナコが持っていたノートを開き、ボールペンを添えて、こちらに差し出してきた。
「ここに、お名前書いてもらってもいい?」
言われた通りに、まっさらなページに「工藤優奈」と書いて戻す。
「今、何歳?」
「27歳です」
「そうなんだ」
そう言いながらハナコは、先ほどのノートに年齢を書き加えていく。カルテをつくっているようだ。
「で、今日はどうしたの? 悩みがあるんだよね?」
「あ、はい、えっと……あの……もしかしたら議題としてNGなものかもしれないのですが……」
「え? NGとかないよ(笑)。なんでも大丈夫だよー」
「え、あ、そうなんですか? でも、さすがに常識の範囲内で、とか、あるかなと思って……」
「ないよー! だって悩んでいるんでしょ? その悩みから解放されたいんでしょ? だったら作戦を立てて解決しなきゃまずいじゃん。どんな内容でも、本人がそのことで頭がいっぱいになっていて困っているのなら、それは立派な悩みだし、解決するべき問題だよ」
泣きそうになった。というか、少し涙ぐんでいた。こぼれないように瞬きを堪える。
どんな内容でも、本人がそのことで頭がいっぱいになっていて困っているのなら、それは立派な悩み……。
優奈は、セックスのことで悩んでいる自分のことを正直どうかと思っていた。
世の中には諦めるべきこともあるんじゃないか。恋や愛やエロの案件は得てしてそうなのではないか。そんな風に考えたりもしていた。解決したがっていることに無理があるんじゃないか、って。
女子会で実花や加奈に話してふたりの反応を見た時、その思いはさらに強まった。誰も解決できていないことならば、もはや問題視することが変なのかもしれないと。
彼は今でも抱いてくれないわけじゃない。この10日ほどは抱かれていないけれど、たまには抱いてくれているし、その時に以前よりテンションが低そうなだけだ。
たいした問題じゃないのかもしれない。こんなことを解決したがっているのは変なことで、自分は人より往生際が悪いのかもしれない。そんな風にも思っていた。
困っているのなら立派な悩みだし、解決するべき問題……。
だからハナコにそう言われて、優奈は救われた気がした。
「何系の悩みなの? 恋愛とか? それとも仕事? 家族?」
涙ぐんでいることは見えているはずだが、ハナコはとくに気にしていない様子だ。そしてどこかワクワクしたような楽しそうな感じで「命にまつわる系? ご近所トラブル?」などと、さきほどから候補を挙げ続けている。その様子が無邪気で可愛くて、気がつくと優奈は笑っていた。
「恋愛系です。今、付き合って3カ月になる彼氏がいて」
「あ、そうなんだ! いいね!」
「はい、でもその彼と、この1カ月くらい……」
「うん、どうしたの?」
「……セックスがうまくいってなくて」
「そうなの? どんな風に?」
「なんて言えばいいんだろう……セックスレス予備軍な感じと言いますか」
「そっかそっか。最後にエッチしたのは、いつ?」
そこからはハナコに質問されるがままに答える感じで、簡単に答えられる問いかけに一問一答しているだけだったが、5分もかからずに、実花や加奈に話していたようなことがいつの間にか洗いざらい話せてしまった。不思議な感覚だった。
ハナコは話しながら終始カルテにキーワードのようなものを短く書きこんでいた。そして一通りの情報が出揃ったのか、質問を止めるとカルテを見ながら「なるほどねー」と納得している様子だった。
「あの……やっぱりもう、話し合いしかないですかね? もっと抱いてほしいってことを本人に言うべきですか?」
「いや!! それはない! 言っても無駄だし、言っちゃダメ!」
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