この日、優奈は大学時代からの親友たちと毎月恒例の女子会をしていた。
「で、優奈は? 彼とはどうなの? 相変わらずラブラブな感じ?」
店について早々に、メニューも見ずに「私はヒューガルデン」とオーダーをし、「聞いてよ、あれからさー」と話しはじめ、かれこれ1時間近く今さっきまで自分の話をしていた実花が、そう言って優奈にバトンを渡した。この1カ月の間に自分の身に起きた出来事の報告をし終えた実花は、すっかりスッキリした顔をして、手元では栗の香りがするシャルドネの白ワインを揺らしている。これは実花が、落ちついてゆっくり飲むモードに入った時に選ぶお酒だ。
「付き合って、もう3カ月くらいたった? なんだっけ、情熱的な彼、そうだ、森さんだ! 3カ月だとー、ラブラブ真っ盛り?」
レモンとピーチが浮かんだ透明のサングリアを舐めながら、同じ意味を持つ質問を加奈が重ねる。これらはすべていつもの流れだ。
優奈はふたりの顔を交互に見てから、チェリーの香りがする重めの赤ワインを一口飲むと、ため息をついてから話しはじめた。
「うーん……いや、それがさぁ……」
「あれ? どうした? 雲行き怪しい感じ?」
「え、もう? なに、ケンカ?」
「いや、とくにケンカとかはしていないし、彼は相変わらず優しいし、基本的にはうまくいっているんだと思うんだけど……」
「けど?」
「最近、抱かれないの」
「え?」
「まじ? セックスレスってこと?」
「……やっぱり、そうなるよね。うわ——、正直、今日まであんまり向き合わないようにしてきたんだけど、真正面からセックスレスって認めなきゃいけない日が来た——やだーキツイ、ちょっと待って。いったんこれ飲ませて」
そう言って優奈は、本来はゆっくりと舐めるように飲むべきである赤い液体を、グビグビと飲み下した。認めたくない現実だった。
この1カ月、優奈は「そんなことないよね?」「今日はたまたま疲れていただけだよね?」と自分自身を騙し騙しやり過ごすような日々を送っていて、真正面からは一度も向き合っていなかったので、ふたりに話すこと、そして現実をハッキリと自覚をすることは、勇気がいることだった。
「待つ。いくらでも待つわ」
「うん。優奈、次何飲む?」
「あ~ダメだ、落ちこんでるからグビグビ飲んじゃう。いったんチェイサー挟む。ビールで」
「ラジャ。ハートランド?」
「さすが。そう」
加奈が頼んでくれた、(今日の優奈にとっては)チェイサー替わりの軽めのビールを一気に飲み干すと、優奈は口を開いた。
「この前、加奈と実花に会った時くらいまではね、順調だったの」
「うん」
「優奈、森さんのことはセックスがいい男として語っていたもんね。情熱的なのって」
「『可愛いね』『セクシーだよ』って言葉をたくさんかけてくれるところがいいって言っていたよね。優奈の話を聞いていて、日本人にもそんなこと言う男がいるんだなぁって思ったもん、私」
「外人寄りなんじゃない? 帰国子女って言っていたでしょ優奈」
「あ、そうか。で、それで?」
「うん……でもね、ちょうど前回の女子会のあたりから、なんかいつもと違うな、とは思っていて」
「ほう」
「会ったら必ず抱かれていたのが、3回に1回くらいになって。抱き方も、差しせまってしたくなって、というよりも、泊まる時にだけ、さすがに一緒に寝るのに手を出さないのはアレかなぁ的に、義務で抱いている感じがするというか……」
「あー……なんかわかる」
「前はね、今まさに抱きたくなって感があったの。だから昼間にソファーでとか、一緒にシャワーを浴びている時にそこでとか、なんかそういう予定調和ではないセックスも多かった。『興奮してきちゃった、していい?』みたいな。でも最近の彼はそういう感じじゃない。興奮しているようには見えないし、そろそろ抱いておかないとまずそうだなっていう頻度で申し訳程度に手を出してくれている感じ。お情けみたい……」
「やだ、なんか胸が苦しくなってきた。あ、ごめん、続けて」
「それでも最初の2週間は3回会ったら1回は抱いてくれていたの。抱かれない日が出てきたことはショックだったけど、今日は疲れているのかな?とか、お泊まりじゃないし布団に行くタイミングがなかったからかな? とか考えて、折り合いつけていた。でも……」
「でも……?」
「この2週間は、泊まっても手を出されないことが増えてきた」
「……まじか」
「でも、定期的に会ってはいるんだね? 週に何日くらい会っているの?」
「うん、会えていることは会えている。けっこう会っているよ。週4日くらいは、なんだかんだで会っている」
「そかそか。じゃあ、好きそうではあるんだね」
「うん、愛されている感じはするんだけど……でもなんだろう、はじめの頃の恋い焦がれて、抱きたくて抱きたくて感はなくなっている……」
「そう……か……」
「心当たりは何かないの? 1カ月前に、何かしちゃったとか?」
「うーん……」
「抱かれるために何か行動に出たりはしたの?」
「行動って?」
「……なんかいつもよりセクシーな下着をつけて誘うとか」
「……した」
「どうだった?」
「抱かれなかった。『可愛い下着だね』って言ってから、優しくキスされて『おやすみ』って」
「絶望的だね」
「言わないで!」
「あ、ごめん、つい」
「心当たりと言えばね、私って、セックスがうまい方ではないと思うの」
「そうなの?(笑)」
「ほら、根が真面目だし。エロいかエロくないかでいったら、エロくない方の女だと思うしね。セックスもされるがままなことが多くて、だから飽きちゃったのかなって思って」
「ほうほう」
「私がマグロだったからダメだったのかなって思って、3回に1回になってきた頃にね、積極的に動いてみたりしたの。自分から上に乗って、腰を振ってみたり」
「お、いいんじゃない?」
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