久坂部 羊
大便はジャスミンの香りがするってホント? モーツァルトとウンコ話
モーツァルトが従妹のマリア・アンナへ宛てた手紙には「おお、ウンコ! ああ、なんて甘い言葉だ」「あなたの鼻にウンコをします」という記述があり、26歳のときに作曲したカノンK231には「ぼくの尻を舐なめてよ」という題がつけられている……というのは有名な話ですが、大便は古来より人を惹きつけてきました。医療小説家・久坂部羊さんが、まずは膵臓を通って、我々の日常を支配する直腸の仕組みを紐解いていきます!
沈黙の臓器 膵臓
膵臓は病気になっても自覚症状が出にくく、CTスキャンや超音波検査などでも異常が見つかりにくいので、「沈黙の臓器」とよばれています(肝臓もときにそうよばれますが、肝臓は血液検査などに異常が出やすく、画像診断でも変化がよくわかるので、検査的には「おしゃべりな臓器」です)。
膵臓は十二指腸に囲まれた頭部と、そこから身体の左側へ伸びる体部と尾部に分かれ、全体としては尾を引いて飛ぶヒトダマみたいな形をしています。
膵臓が分泌する膵液は、強力な消化液で、自分自身を消化しないために、膵臓の中では前駆体として存在します。それが十二指腸に分泌され、胃液や小腸の酵素と反応して、はじめて作用を発揮するのです。
膵液が、どれほど強い消化力を発揮するのか。私はそれを外科の研修医のとき、急性膵炎の患者の手術に立ち会って、目の当たりにしました。膵臓はドロドロに溶けて、洩れ出した膵液が「腸間膜」の脂肪を消化し、粒状のセッケンに変えていたのです(「ケン化作用」=脂肪とアルカリが反応してセッケンになること)。泡こそ立っていませんでしたが、通常は黄色い脂肪が、白いチーズのようになっていて、思わず目を背けたくなる凄まじさでした(患者は間もなく死亡しました)。
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モーツァルトは耳がヘン? おしりが好き? 謎がいっぱいの医学の世界へ!
この連載について
久坂部 羊
ようこそ、ミステリアスな医療の世界へ――。本講座では、モーツァルト、レクター博士、手塚治虫、ドストエフスキー、芥川龍之介、ゴッホ、デビットボウイなど、文学や映画、芸術を切り口に人体の不思議を紐解いてゆきます。脳ミソを喰われても痛くない...もっと読む
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。医師、作家。大阪大学医学部卒業。二十代で文芸同人誌「VIKING」に参加。外務省の医務官として九年間海外で勤務した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で小説家デビュー。以後、現代の医療に問題提起する刺激的な作品を次々に発表。14年『悪医』で第三回日本医療小説大賞を受賞。主な小説に、『破裂』『無痛』『嗤う名医』『芥川症』『いつか、あなたも』『虚栄』『反社会品』『老乱』『テロリストの処方』『院長選挙』などがある。新書『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』『医療幻想 思い込みが患者を殺す』『人間の死に方』など小説外の作品も手掛けている。