人の話す言葉というのは、とても不思議なもので、たいていの言葉は誰かがいつのまにか言い始めて、いつのまにかみんなが真似をするようになって普及する。毎年のように現れては消える新語も、誰が言い出したのかわからないことが多い。つい最近生まれた言葉でさえ、誰が言い出したのかわからないというのは凄いことだ。
ちなみに幸いなことに、本連載のテーマである「人工知能」という言葉に関しては出自がハッキリしている。ときは1956年。場所はアメリカ合衆国、ニューハンプシャー州のダートマス大学だ。
1ヵ月にも及んだ会議
ちょうど今から61年前の7月から8月にかけて、1ヵ月にも及ぶ壮大なブレインストーミングが行われた。
この会議の主催者はダートマス大学に在籍していたジョン・マッカーシー。彼は人工知能(Artificial Intelligence)という言葉を公に最初に使った人物であり、後に人工知能研究に盛んに使われることになるLISP言語の生みの親でもある。また、彼が提唱したタイムシェアリングシステム(1台のコンピューターシステムを複数のユーザーが同時に使用できるようにするシステム)は、現在、クラウドコンピューティングという形で今も我々の生活を支えている。
人工知能という言葉のコンセプトそのものはマッカーシーだけでなく、情報理論の大家クロード・シャノン、IBMの汎用コンピュータ開発者、ネイサン・ロチェスター、そしてニューラルネットワークの基礎理論をまとめたマービン・ミンスキーらとの共創から生まれたという。
AI研究の2つの方向性
この頃から既に人工知能研究には2つの方向性が与えられていた。ひとつは生物の神経細胞をシミュレーションして知能を追い求めるニューラルネットワークであり、これは現在のディープラーニングの直系の先祖と言える。もうひとつは、知識を体系化し、推論すれば人間と同等以上の知性に到達できるとする知識ベース処理である。
知識ベース処理の扱う範囲は非常に広いが、とりわけ人間が生まれた時から自然に身につけて話す言語(自然言語)をAIがどのように理解するか、いわゆる自然言語処理という分野は初期のAIの方向性を明確にする上で重要なものとなった。
知識ベース処理の最も原始的かつ実用的な形は現在は単純なゲームとして親しまれている。アキネイターは、単純な質問を繰り返して、本来人間が与えていない答えを導き出すゲームだ。このゲームではプレイヤーはまず有名な人物またはキャラクターを頭に思い描き、それから「ランプの魔人」の質問に順番に答えていく。
魔人 「女性?」
私 「はい」
魔人 「実際に存在する?」
私 「はい」
魔人 「日本のテレビCMに出ましたか?」
私 「はい」
魔人 「ドラマでキスをしましたか?」
私 「はい」
魔人 「アダ名で呼ばれていますか?」
私 「いいえ」
魔人 「くちびるに特徴がありますか?」
私 「はい」
魔人 「校閲ガールに出演していましたか?」
私 「はい」
魔人 「あなたが思い浮かべているのは石原さとみです」
見事、私が思い描いた石原さとみを当てられてしまった。
このランプの魔人の受け答えは、まさしく知識ベース処理の成果である。
膨大な可能性の中からできるだけ少ない質問数で可能性の枝を絞り込み、正解にたどり着く。専門用語ではこうした方法を後ろ向き推論と呼ぶ。
ちなみにクイズで人間に勝ったIBMのワトソンも原理的には同じ仕組みだ。
知識ベース処理は、こうした遊びだけでなく、たとえば病院の問診や企業のサポートなどにも使うことができる。
一大ブームの後にぶちあたった壁
こうした知識を体系化し、目的の知識に素早く到達するためのシステムをエキスパートシステムと呼び、80年代には一大ブームを巻き起こした。
しかしすぐにエキスパートシステムは行き詰まってしまう。知識ベース処理の壁にぶち当たったのだ。
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