読み聞かせ」の効用

あれもダメこれもダメな教育界隈において、「絶対善」として推奨され君臨する「読み聞かせ」。果たしてその効果のほどは……さて、いかほど!? 
不道徳なお母さんライターが、日本の「育児幻想」のタブーに踏み込み、軽やかに、完膚なきまでに解体する新連載スタートです!

絶対善としての読み聞かせ

ゲームもダメ、スマホもダメ、ネットもダメ……ダメダメ尽くしの教育界隈において、絶対的な「善」として君臨しているのが「読み聞かせ」である。幼児はもちろん、小学生、果ては中学生相手に「読み聞かせ」を推奨する教育関係者も珍しくない。子供のころ、読み聞かせをされたこともなければ、絵本自体も大して好きではなかった私などは、なんとなく肩身が狭い。絵本にまつわる思い出を語る著名人のエッセイをを読んでいても、「絵本がたくさんある文化資本の高い家庭に生まれ育たないとダメなのかしら」と、つい卑屈な気持ちになってしまう。

だから最近読んだ絵本エッセイ集の中で、敬愛する翻訳家である柴田元幸氏が「『どんな絵本を読んできた?』という問いは私の憎しみの心を何よりも刺激する。そういう問いに嬉々として答えられる環境で育ってきた人々が、私は単純に憎い」「母親が枕元で絵本を読み聞かせてくれたとか、図書館の児童書室でどれにしよーかなーと楽しく迷ったとか、そんな記憶はねつ造のきっかけすら浮かんでこない」と記していたのを読んだときは、心の中で喝采せずにはおれなかった。もっとも、柴田氏くらいの知名度と業績がなければ、なかなか口にできないのかもしれない。絵本は特に好きじゃありませんでした、なんて。

ママがおばけでなぜ悪い?

そんな感じで、とかく神聖視されがちな絵本界隈において、2015年に出版されたある絵本が波乱を巻き起こしている。「母の死」をポップなタッチで描いた『ママがおばけになっちゃった!』(のぶみ)である。シリーズ累計55万部突破という、新作絵本としては破格の売れ行きなのだが、賛否両論もこれまた熱い。Amazonレビューから、星一つのものを拾ってみよう。

「死を軽く扱いすぎています。大人に涙を出させようとして、子どもの立場に立っていない」

「母を失った子供の深い喪失感や怒り、孤独感、不安をこんな軽く浅い内容の絵本にされて不快感でいっぱいです」

「大人が、親が、泣いている子どもや我が子を見て、自己満足しているだけに思えます」

「私がのぶみさんの母であったなら、間違いなく平手打ちをくらわします。泣いて泣いて、胸ぐらをつかんで、本気で、叱ります」

どさくさに紛れて体罰宣言しているレビューまである。絵本好きの大人、意外と凶暴だ。

死んでおばけと化したママが「うっげー!」「コンニャロー!」と子供にツッコむコント感。そこから超特急で子供への愛を涙ながらに語るケータイ小説感。絵本好きの大人が考える「良質な絵本」という概念から、何億光年もかけ離れた作品であることは間違いない。ただ、絵本が良質ではないという理由で、作家や読者がここまで憎まれてしまうのは理不尽に思える。

アニメなら、交通事故で地縛霊になった猫がポップに活躍しても、さほど批判を受けることはないだろう。ケータイ小説で主人公がガッシボカと殴られてすぐに死んでしまっても、そういうものだと許容されている。絵本だけが、良質でなければならないなんておかしい。世のお母さんが子供に献身的に尽くす聖母ばかりではないように、絵本だって良質じゃないものもあっていいはずだ。ケータイ小説の愛読者が子供を生んだからといって、いきなりほっこりママになるわけもない。むしろ彼女たちのためのケータイ小説的絵本が存在しなかったのが不思議なくらいだ。

絵本は良質でなければならないという呪縛

もっとも、アニメやケータイ小説とは違う、絵本ならではの問題もある。PTAや学校ボランティアが小学校に出向いてクラス全体を対象に行う「読み聞かせ」で使われることもあるからだ。親がわが子に読み聞かせをする分には、子供は拒否することができる。学校ではそうはいかない。親を亡くした子供がこんな話を読み聞かされたらトラウマになるのでは? という懸念を語る大人も少なくない。そうでなくてもセンシティブな子供だったら……。大変、いますぐ悪書追放ポストにスローインしなくちゃ!

だが、ちょっと待ってほしい。それは絵本の質の問題なのだろうか。野坂昭如の短編小説「骨餓身峠死人葛」が名作であることは言うまでもないだろう。だからといって、私が同作を小学校の教室にもっていって「よかよか、わしの子ダネばはらませてやるけん」などと子供たちに読み聞かせたら、強制連行されることは必須である。

ある作品が読み聞かせに向かないとしても、非は作品にはないはずだ。カブトムシを死なせたばかりの子供にしてみれば、良質なカブトムシ絵本だってトラウマを刺激するかもしれない。絵本の読み聞かせによって問題が起きるとしたら、その問題は作品の質にではなく、強制力がはたらく場における読み聞かせ行為に潜んでいるのではないか。さらに言えば、小学生への読み聞かせは本当に必要なのだろうか。

小学生への読み聞かせは大人の事情で始まった

小学校での読み聞かせ活動がいつ始まったのか。その歴史を調べてみると、2001年12月制定の「子どもの読書活動の推進に関する法律」に行き当たる。国家が定めた計画に基づき、地方自治体に対し「都道府県子ども読書活動推進計画」を策定するよう努めることを定めた法律だ。背景には、「テレビ、ビデオ、インターネット等の様々な情報メディアの発達・普及や子どもの生活環境の変化」による、子どもの「読書離れ」への懸念があると記されている。2001年はインターネットが一般に普及し始めた頃であり、早くもネットの影響に対する懸念があることがわかる。

子供に本を読ませたいなら、全学校に常勤の司書を配備して子供がいつでも図書室に入れるようにし、蔵書を充実させるのが一番だ。しかし公立小学校に通う長女が言うには、休み時間は外で遊ばなければならず、図書室に行けるのは週に一回の「図書の時間」だけらしい。それもそのはず。学校司書を配置している小学校の割合は59.2%で、常勤の学校司書となると12.4%にすぎない(平成28年度「学校図書館の現状に関する調査」)。教育への公的支出の割合がOECD加盟国の中でも最低レベルの日本では、とても図書室までお金が回らない、というのが実情のようだ。

となると、手っ取り早いのは読み聞かせだ。校長の立場にしてみれば、PTAや地域ボランティアに担わせればお金がかからないし、「学校、家庭、地域の連携」という文科省が求める項目を満たして自らの業績をあげることができる。ベルマーク貼りやパトロールなどの退屈な活動を押し付けられがちな母親にとっても、読み聞かせは趣味が活かせ、やりがいを感じられる数少ないボランティアだ。文科省の「子ども読書の情報館」で紹介されている全国の事例を見ると、ほぼすべての小学校で、PTAや地域ボランティアの読み聞かせが取り入れられているのがわかる。

読み聞かせ効果を脳科学が証明?

大人の事情はわかった。ではその読み聞かせ、小学生にとって本当に有益なのだろうか。読み聞かせ効果について調べたら、面白い新聞記事に出会った。「毎日新聞」2011年10月2日朝刊掲載の「読み聞かせ:効果証明 大脳辺縁系が活動、喜怒哀楽わかる子に 脳科学者ら共同研究」だ。泰羅雅登教授(認知神経生物学)率いる研究チームが、読み聞かせを受けている子どもの脳を調査した研究のさわりが紹介されている。泰羅教授によれば、読み聞かせを受けた子供の脳は「情動や感情をコントロールし、コミュニケーションをつかさどる」前頭連合野は活性化しなかったが、「恐怖や驚き、喜怒哀楽などの感情にかかわる『大脳辺縁系』が活動していることがわかった」という。

この結果を受けて、泰羅教授は「読み聞かせは子どもの『心の脳』に届いていた」と結論づけている。しかし、「恐怖や驚き、喜怒哀楽などの感情」はゲームやアニメでも体験できるわけで、他の娯楽との違いがよくわからない。

より詳しく実験について知るために、泰羅教授の著書『読み聞かせは心の脳に届く』を読んでみた。「心理学の研究からいわれている読み聞かせの効用には、言葉からイメージする力、コミュニケーションの力をつける、ということがありました。前頭連合野の働きにおおよそ当てはまっています」。教授によれば、前頭連合野のはたらきは「思考、創造、意図、情操」を司ることにあるという。研究チームは当初、この前頭連合野が読み聞かせで活発になるという仮説のもとに実験を行った。しかし、近赤外計測でも機能的MRIでも、子どもたちの前頭連合野は、ほぼ無反応だったという。

「読み聞かせが子どもの前頭連合野を強く活動させる、という仮説はまちがっている―その事実を突きつけられました」

代わりに活動が見られたのは、大脳辺縁系の一部だった。

「辺縁系は、感情、情動に関わる働きをする場所、まさに私がいう「心の脳」にあたる部分です。」「読み聞かせで「心の脳」に働きかけることは、こわい、悲しいがしっかりわかる、うれしい、楽しいがしっかりわかる子どもをつくるということなのです。」

つまり、読み聞かせが子供にもたらすのは感情を動かすことであって、「思考、創造、意図、情操」に働きかけることはないらしい。アニメやゲームやマンガやネットとどう違うのかは、本を読んでもわからずじまいである。

ゲーム脳と読み聞かせ脳

脳科学と教育といえば、なつかしの『ゲーム脳の恐怖』(森 昭雄、2002年刊)が思い出される。ゲームをする子どもの脳は前頭前野の働きが低下していたという実験結果に基づき、ゲームの有害性を説いたセンセーショナルな書籍である。

曰く、「(ゲームをしている)子どもの前頭前野の働きは低下し、動物脳と呼ばれる古い脳である大脳辺縁系に対して、常時動物的な行動に出ないようにする抑制がかけられなくなってくるのです」「キレるという現象は動物脳の行動を抑制できないから起こることです」。泰良教授が「心の脳」と呼んだ大脳辺縁系が、『ゲーム脳の恐怖』では「動物脳」と悪者扱いされている。2人の研究を総合すれば、読み聞かせもゲームも、子供にもたらす影響は脳科学的にはあまり変わらない、ということになる。

「注意欠陥多動障害の原因には、前頭前部の活動低下を引き起こすテレビゲームのやり過ぎも含まれているものと考えられますし、また、それにより子どもたちは攻撃的になり、すぐキレる状態になってしまっているものと思われます」。当時週刊誌などでさかんに持ち上げられた森教授のこの主張が正しいのであれば、読み聞かせでもキレる子供が増えてしまいそうなものだ。読み聞かせ脳の恐怖! あなたの子供に忍び寄るぐりとぐらの影!

……というのは冗談だが、ゲームも読み聞かせも、受け身の体験にすぎないのは事実である。あまりに長時間にわたり耽溺して他の活動がおろそかになれば弊害もあるだろうが、短時間ならどちらも楽しい気晴らしだ。さりとて頭がよくなることもない。考えてみれば当たり前のことなのだった。

で、親はどうすれば?

逆に、親のどのような行動が子供の脳に良い影響をもたらすのか。『ヤバい経済学』に掲載されていた米教育省「初等教育の縦断的研究(ECLS)」によると、「ほとんど毎日親が本を読んでくれる」「テレビをよく見る」といった行動は、子供の学力と“相関していない”。

一方で、学力と正の相関が見受けられた要素は、「家に本がたくさんある」だった。この調査をもとに、ある州が「子どもがいる家に毎月1冊本を送る」というプログラムを実施したところ、追跡調査では有益な結果が得られなかったという。本があればいいってもんでもないらしい。親が読書好きであることが、読み聞かせよりも子供の学力と関連深いようだ。親が読むから子供が読むようになるというよりは、遺伝の要素が大きいのだろうけど。

一方で米国小児科学会の調査2017年では幼児期の読書や読み聞かせが4年後の語彙や読解力を向上させたという結果が出ているReading with children starting in infancy gives lasting literacy boost

国内の調査も見てみよう。平成16年度「親と子の読書活動等に関する調査」で保護者の活動と子ども(小学生~高校生)の読書量の関係を見ると、1冊以上本を読んでいる子の割合が多かったのは1位「図書館に連れて行く」(91.0%)、2位「家に本をたくさん置く」(90.4%)、3位「本のことについて話をする」(90.3%)であった。「読書会や読み聞かせの会などに参加する」(88.8%)は6位で、全体平均の88.1%とさほど変わらない。上位項目を見るに、「子供に本を選ぶ余地がある」という点が重要であるらしい。

ここまで見てきた限りでは、幼児はともかく、小学生への読み聞かせによって何らかの良い効果があることを示す明白なエビデンスを見つけることはできなかった。

一方で、害があるという証拠もないのだから、読み聞かせることが楽しい大人と、読み聞かせられることが好きな子供同士で楽しむぶんには問題ないはずだ。子供自身が参加・不参加を選択できる状況であれば、『ママがおばけになっちゃった!』を読み聞かせても、絵本作家を平手打ちしなければならないほどの問題が起きることはないだろう。どのみち小学生はママの話なんて、たいして聞いてはくれないのだから(よそんちのママならなおさらだ)。

参考文献平成14年度 文部科学白書[第2部 第8章 第6節 2] - 文部科学省http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab2002...平成28年度「学校図書館の現状に関する調査」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/1378073.htm文科省「子ども読書の情報館http://www.kodomodokusyo.go.jp/jirei/財団法人 日本経済研究所平成16年度文部科学省委託事業図書館の情報拠点化に関する調査研究「親と子の読書活動等に関する調査,平成16年度http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/houkoku...『読み聞かせは心の脳に届く』泰羅雅登『ゲーム脳の恐怖』森 昭雄『ヤバい経済学』スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー 望月衛訳Reading with children starting in infancy gives lasting literacy booshttps://www.sciencedaily.com/releases/2017/05/1705...『どんな絵本を読んできた?』(「この絵本が好き! 」編集部)

この連載について

不道徳お母さん講座

堀越英美

核家族化で家庭教育はダメになった? 読み聞かせで心を育てるって……本当に? 日本で盲信されてしまっている教育における「道徳」神話の数々。そのすべてを、あの現代女児カルチャー論の名著『女の子は本当にピンクが好きなのか』でセンセーションを...もっと読む

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okapon1979 子どもに本を選ばせるような環境、かつ、親が読書好きであることが、学力向上のカギである。 これまでもそうだが、情報化社会の中で頭で考えて答えを出すためには、文字を読んで理解することが重... #NewsPicks https://t.co/jDuWEPhcY8 約1年前 replyretweetfavorite

OreconYamamoto データや出典に当たって記事を書かれてるので説得力あるわぁ https://t.co/v1VGBWdeTp 約1年前 replyretweetfavorite

yumu57 感動の共有ってほんと嫌だよねぇ…感動は人を思考停止させる事があるっていうのあるある…幼稚園とかの付き合い嫌な思いして辛かった。趣味の世界も自分の考えを尊重させた方が人生幸せだよね。 約1年前 replyretweetfavorite

KawamuraMihoko 不道徳お母さん講座 https://t.co/yC5IxQFS10 約1年前 replyretweetfavorite