…あのう、私からも一つ」唐突な質問に会議室の空気が止まる

連続放火事件の捜査本部に向かった海月警部とお守り役を命じられた設楽巡査。犯人像は典型的な放火犯として会議が進むがーー。
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 事件がどこの警察署の管轄で発生したかは、本庁の刑事たちにとって非常に重要である。どの署に捜査本部が置かれるかはすなわち、事件解決までの職場がどこになるか、ということだからだ。所轄は警察署によってまるで雰囲気が違う。最新鋭のI T機器がずらり揃った署もあればスクリーン一つなく「黒板」で捜査会議をする署もある。署内食堂で季節のスイーツが楽しめる署がある一方で食堂そのものがない署もある。ない方がよいくらいの食堂がある署もある。

 そういう観点からすれば、西東京署はそれなりにいい環境のようだった。建物は比較的新しくて交通の便のいい場所にあり、捜査本部の設置された大会議室は二十名超の捜査本部員が揃ってもまだ後方にがらりと空席がある。会議の進行役である西東京署の瀬戸捜査一係長もほどよく力の抜けたおじさんで、捜査一課に対する妙なコンプレックスもなさそうだった。

「……これらの点から、昨年十二月二十一日、本年一月十九日の各事件、及びそれに先立つ昨年十一月十四日の事案も同一犯による連続的な犯行であると考えられます。また、すでに御承知のことかと思いますが、犯行間隔は徐々に縮まる一方で、建造物以外への放火から非現住建造物へと犯行がエスカレートしており、次の犯行が行われるリスクが非常に高まっている状態です」

 自分でパワーポイントを操作しながら手際よく説明する瀬戸係長の横で、ひな壇に並んだ井上管理官と二係ウチの川萩係長は唇を引き結び腕を組んで同じ恰好をしている。もっとも、考えていることは違いそうだった。井上管理官は次の事件が発生して自分が責任を問われることを怖れているのだろうし、川萩係長はこの火つけ野郎所轄の目はごまかせても本庁捜査一課はそうはいかんぞ覚悟しろ、と犯人に怒りを燃やしているのだろう。そういう性格の二人である。

 瀬戸係長の説明によると事件の概要はこうなる。昨年十一月十四日午後十一時頃、西東京市ひばりが丘の住宅地内にあるゴミ捨て場で火災が発生、周囲に火の気がなかったことから放火の疑いが持たれ、消防署から西東京署に通報があった。続けて十二月二十一日未明には東伏見で運河沿いの街路樹が、今年一月十九日深夜には谷戸町やとちょう内の寺の境内にあった木材が燃やされた。いずれも灯油を撒いた上で火をつけたものと手口が一致している上、現場近辺から遺留品とみられる、同じ種類の一リットル入りポリタンクが見つかっており、同一犯による連続放火事件の可能性が極めて強くなった。いずれも事件発生が深夜で、人通りの少ない場所であることから犯人らしき人間の目撃証言はまだ出ていないが、西東京署は現場が西東京市内に限定されていることから、市内在住で現場近辺の状況に詳しい何者かの犯行であるとみて捜査を進めていた。だが昨夜──一月三十一日午後十一時頃、保谷ほうやの畑でビニールハウスが燃えているのを近隣住民が発見、通報。さらに今朝六時半頃、少し離れた中町小学校の裏庭でも木造の物置小屋が焼失しているのを住民が発見した。いずれも現場付近に同種のポリタンクが捨ててあった。

 今のところ人的被害は出ていない。だが状況は深刻だった。最初はゴミ捨て場程度だったが、街路樹、個人のビニールハウス……と、火のつけられる対象が重大になってきており、犯行間隔も狭まってきている。また現場はいずれも建て込んだ場所にあり、犯人は類焼るいしょうの危険を承知で火をつけている。とすれば、次は人家が狙われても全く不思議ではない。

「……犯人像としては典型的な放火犯が考えられますが、犯行場所は徒歩行動圏を超えて移動しており、移動に規則性がみられません。同様に、犯行の曜日や時間帯にも一貫性がない。これは偶然にしてはばらつきすぎていると言うべきでして、意図的にそうしたものだという可能性が大きい。だとすると犯人は、それなりに頭が回り、慎重な性格の人間だと推測されます」

 瀬戸係長がそこで少し間を置くと、聞いている刑事たちもそこで頷いたり腕を組んだりと動いた。

「ですが、犯行の動機は典型的な、つまりストレスのはけ口といったものでしょうし、現場の地理に詳しいことからして地元の人間であることは間違いない。つまり本件の場合、放火事件のマニュアル通り、地取じど【*現場周辺の聞き込み。対して、事件関係者への聞き込みは「敷鑑しきかん」「鑑捜査かんそうさ」などと呼ばれる。】捜査が非常に重要になります。とりわけ」瀬戸係長はスクリーンに地図を表示させ、一部をレーザーポインターで指し示した。「第一の事件があったこの地域周辺が重要になります。第一の犯行は犯人がよく知っている近所であった可能性が大きく、また、一回目の犯行が近所であることをカムフラージュするため、二回目以降の犯行現場をばらつかせた、と考えることができるからです」

 説明する瀬戸係長を、川萩係長がなんとなく不満げに見ている。「そこまで分かってるならなんでこれまで容疑者の一人もあぶり出せないのか」と、文句の一つも言いたいのだろう。

 瀬戸係長が説明を終えて質問を求めると、本庁の刑事が次々と手を挙げ、現場の詳しい状況や遺留品のポリタンクについて確認していく。俺の隣に座る海月はそのペースについていけないのか、何やらおろおろした表情だった。

 俺は後ろに座る所轄の刑事に聞こえないよう、彼女に囁いた。「落ち着いてくださいね」

「はあ……」海月は困惑顔である。

 捜査会議に初めて出た時は、俺も自分がついていけているのか心配でこうなった。俺はそれを思い出し、海月に囁いた。「話を聞き逃さなければ大丈夫です。質問があれば遠慮なく手を挙げていいですし」

 半分冗談でそう言ったのが失敗だった。それなら、というのか、海月はさっと手を挙げ、ひょこ、と立ち上がった。

「本庁の海月です。……あのう、わたしからも一つ、よろしいでしょうか」

 先程までの刑事たちとは正反対のおっとりした口調に、所轄の刑事たちがなんだなんだ、という顔になる。ひな壇の上から川萩係長が「おい、そいつ大丈夫なのか」という目でこちらを見た。

 しかし、俺が止める間もなく海月は言った。

「先程、典型的な放火犯、という見方を説明されていたのですが、本当にそうなのでしょうか」

 会議室内の空気がぴたりと止まった。

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Kawade_shobo 公開しました!|[今なら無料!]テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ! 3年弱前 replyretweetfavorite