あの可愛らしいメガネの少女が「警部」なんて嘘だろ……?

桜田門にある警視庁本部庁舎。迷子と思しき美少女と出くわした設楽巡査はーー。
テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ、大ヒットした第1弾を全文公開。 推理だけは超一流のドジっ娘メガネ美少女警部とお守役の設楽刑事の凸凹コンビが難事件に挑む!


 桜田門にある警視庁本部庁舎はまことに不恰好である。地上十八階建ての絶壁のようなビルなのだが、一部がくびれた妙なVの字型をしており、正面玄関も特に立派というわけではなく、コンクリート一色で装飾が一切ない。その上屋上にヘリポートと通信用の巨大アンテナをどかんと載せていて、遠目には幼児が何も考えずにつなげたレゴブロックのようである。この不恰好さは半ば意図されたもので、つまりは恰好より機能、花より団子、粋無粋すいぶすいと言っておれるか警察には必要な装備が山ほどあるのだ、という職務上の本音がそのまま表れた結果なのだ。ごてごてして実用性一点張りのこうした「警察的なデザイン」は制服から特殊車両の外装まで随所に見られる。そのこと自体は悪くないし、むしろこういう「甘くない感じ」を市民に対しアピールすることは警察活動においてプラスであると言える。

 問題は、いざ中に入ってみるとこのビルはいささかややこしい構造をしているということである。何しろ建物そのものがA棟B棟総合庁舎と三つに分かれている上、低層階はロの字型に廊下が巡っている複雑な構造で、捜査課一つとっても二課はB棟三課はA棟、科捜研は総合庁舎、とてんでんばらばらに散っているのである。一体どうしてこうなったのかは現庁舎建設当時を知る古老にでも訊くしかないが、「親しみやすい警察」をことあるごとに強調する警視庁にあって、本部庁舎のこのややこしさは見事なまでに「一見いちげんさんお断り」の雰囲気を醸成じょうせいしておりはなはだ敷居が高い。なんとかならんのか。

 したがって初めて来た人間が迷うのも無理ないわけで、昼食から一課に戻るところだった俺が本部庁舎一階、正面入口すぐの玄関ホールできょろきょろしている少女を見かけた時も、また迷っている人がいるな、と思っただけだった。

 少女は手帳のようなものを出し、壁の案内板と見比べては廊下の方を振り返り、首をかしげていた。昼過ぎの玄関ホールは静かで、彼女の「あれえ……?」という呟きは少し離れた場所にいる俺の耳にまでかすかに届いてきた。

 とりあえず、歩み寄って彼女に声をかける。

「迷いましたか?」

 少女が振り返った。色白で真面目そうな顔をした可愛らしい子だ。眼鏡着用、目立つ黒子ほくろ等なし、身長は百五十センチ弱で小柄、ベージュのダッフルコートと黒のスカート。年齢は十五、六だろう。職務上の癖で反射的に脳内の報告書を作りながらも、相手が子供なので不安を与えないよう笑顔を作ることにする。「ややこしいでしょう、ここ。どこに御用ですか?」

 少女は「あ」と反応して俺と案内板を見比べた。「あの、刑事部の……」

「うん。刑事部の」俺は繰り返しながら相手を観察した。胸にはきちんと来庁者用の札を下げているが、高校生が警視庁本部庁舎に何の用だろう。しかもこの子は今一人で、連れの者を捜すような様子もない。ということは、引率も案内もついていないのだ。本部庁舎ではあまり例がないことで、少し気になる。

 しかし少女は、意外なことを口にした。「刑事部の、部長さんに会いたいのです」

「刑事部長……ですか?」

「はい。刑事部長の、越前憲正えちぜんのりまさ警視監です」少女は確認するようにゆっくりと、慎重に発音した。

 顔には出さなかったと思うが、正直なところ驚いた。外部のこんな子供がどうして刑事部長の名前を知っているのだ。確かに刑事部うちの部長は変わり者で通っていて、警視庁内の有名人ではあるのだが。

「刑事部長なら、今は六階の刑事部長室にいらっしゃると思いますが」

「やっぱり、そこですね。越前さん、お電話してもつながらないのです」

 少女はおっとりした口調で言うが、彼女が「越前さん」と簡単に言ったことにも俺はやや驚いていた。刑事部長で警視監、といえば「偉い人中の偉い人」で、平刑事の俺とは大企業の平社員と取締役ほどの差がある。いや、警視監といえば階級で警視総監の次、日本全国に三十万人近くの警察官がいる中で五十人程度しか選ばれない超エリートであるということを考えれば、それ以上の差かもしれない。さっきはつい身内の者に対して「いらっしゃる」という、敬語としてはおかしい使い方をしてしまったが、呼び捨てにするのは抵抗があるのだ。こちらにとってはそれほどの存在だが、外部の人間にとってはそうでもないらしい。それとも、この少女が特殊な身分なのだろうか。

「ええと」反射的に背筋を伸ばす。「刑事部長の御親戚の方でしょうか」

「御親戚……では、ないのです」

 少女はのんびりと答え、それから言葉を探す様子で上を向いた。随分とマイペースな子だ。俺は自分が相手に威圧感を与える空気をまとっていることを自覚しているので、怖がらせないよう意図的に表情を緩めているのだが、あまりその必要はないらしい。

「いえ、御親戚でもあるのですけれど」答え方に困っているらしく、少女は首を左、右、と傾けながら言う。「それは、今はあまり関係なくて、ですね。ですが、御親戚であることも、側面からは関係していると言えます」

「はあ」

「つまり……たとえますと、ええと」手でろくろを回すような仕草をしているが、何を表そうとしているのかよく分からない。「わたしは、ジーン・ハックマンなのです」

「はあ?」

「刑事部長としての越前さんが『スーパーマン』の、スーパーマンでない時のスーパーマンの、あの方だとしますよね」

「はあ」変な言い方をする子だ。「クラーク・ケント」

「そう。ケントさんです。とすると、親戚としての越前さんは、ケントさんを演じられたあの方ということに。……何という方でしたっけ」

「クリストファー・リーヴですか」

「その方です」少女はにっこりと微笑んで頷く。クラーク・ケントも出てこないのにジーン・ハックマンが出てくるのはなぜだ。「とすると、わたしはライバルのレックス・ルーサーを演じたジーン・ハックマン、ということになりますよね」

「はあ」なりますよね、と言われても困る。

「もちろん、ライバルではないのですが、関係のベクトルはそうなのです。ジーン・ハックマンは、クリストファー・リーヴとは仲間で、でもレックス・ルーサーを演じていて、スーパーマンがクラーク・ケントだということは知りません。でも、レックス・ルーサーはジーン・ハックマンですから、ジーン・ハックマンの方は、最初から知っています」

「あの、ちょっと」何を言っているのか理解できない。

「クリストファー・リーヴはクラーク・ケントなので、スーパーマンに時々変身して、スーパーマンに対するジーン・ハックマンはレックス・ルーサーですけど、レックス・ルーサーはスーパーマンの敵なので、ジーン・ハックマンはルーサーの時は意図的に……と、つまり、そういう関係ですよね。ですから、たとえますと、わたしは反転したジーン・ハックマンで、越前さんはクラーク・ケントで、わたしが今、会いにいく越前さんはスーパーマンの方なので、レックス・ルーサーであるわたしとは、表立ってはあまり関係がない、というわけなのです」

「はあ?」

 俺はわけがわからなくなったので沈黙したが、少女の方は「うまく説明できた」と思っているらしく、満足げな表情でにこにこしている。

 彼女はもうそれ以上説明する気がないようなので、俺はあらためて訊いた。「つまり、とにかく刑事部長の個人的な関係者、ということですね」

「いえ……つまり、レックス」

「あ、いえ、大丈夫です」俺は手をひらひらさせ、身を乗り出してたとえ話を続けようとする少女を止めた。「とにかく、刑事部長室に御案内いたします」

「御案内いただけますか? ありがとうございます」少女は目を輝かせ、式典で皇族がするような綺麗なお辞儀をした。「わたし、迷ってしまって」

「いえ」

 どうも所作からして相当本格的なお嬢様のようだ。越前刑事部長との関係はなんだかよく分からないままだが、どこも通さず直接刑事部長室へ向かおうとしていたことからしても、かなり身分の高いお客様であるらしい。そういえば着ているダッフルコートもデザインが洗練されていて、二万三万の安物ではないようだ。

「ああ、こちらのエレベーターでは行けないようになっているんです。あちらから」

 奥のエレベーターを示すと、少女ははい、と言って遠慮なくとことこ歩き出す。

 すると、行く手のエレベーターが開き、中から長身の紳士が出てきた。あっ、と思い、俺は紳士に呼びかけた。「刑事部長」

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