溜まった雑用を終えて外に出た彼だったが、いきなり途方に暮れてしまった。
マスコミ回りとか、媒体の振り分けとか、そんな単語自体、今日初めて聞いた。
先輩から仕事を引き継ぐとか、教えてくれる人がいるとか、この会社には一切そういうことがないらしい。
ひとまずラジオ局に行って、名刺を渡して挨拶して、と歩きながら考えた。
でもどこに行けばいい、と映画の資料を抱えながら立ち止まる。ひとまず書店に行って、と汗を拭きながら考える。
書店でマスコミ電話帳をめくり、ポケット地図を買った。
一番有名と思われるラジオ局に定めをつけ、彼は歩きだす。地下鉄を乗り継ぎ、また歩く。
辿り着いたラジオ局の入り口に、守衛さんがいた。担当者を教えていただけませんか、と丁寧に頼むと、丁寧に断られた。
局の番組案内表を入手した彼は、“映画”や“ムービー”という言葉を探した。
その文字が書いてある番組を洗いだし、代表番号に電話をかけた。
担当者を教えて欲しい、と頼むと、教えられない、と返ってきた。
彼は次のラジオ局に向けて歩きだす。
今度は先に番組案内表を入手し、アポイント無しで担当者に会おうとした。局の入り口で、○○番組担当者様、約束はナシ、と来社票に記す。
受付で取り次いでもらったのだが担当者は不在らしく、会ってはもらえなかった。
別の番組の担当者にも何度かチャレンジするが、これも不在だ。
彼はまた別の局に向かったが、不在、外出中、の言葉しか返ってこない。
会議中のため一時間待ってくれ、と言われ、一時間後に行ったら今度は外出中だ、と言われたりもした。
五つ目の放送局で初めて、何とか一人にだけ、映画の資料を渡すことができた。
そこ置いといて、と、ぶっきらぼうに言われただけだったけれど。
いつの間にか雨が降っていた。
うつむきながら会社に戻り、部長に報告をすると、いきなり怒鳴られた。
名刺を三十枚はもらってくるように、と、乾さんにもきつく言い渡される。あてがわれた自分の机に戻ると、雑用が山のように溜まっていた。
小舟と櫂だけ持たされて無人島に置き去りにされた気分だった。
厳しいな、何とかしなきゃな、と焦りはしたけれど、辞めたいとは思わなかった。最初はきつくて当然だ。早くなんとかしなきゃならない。羅針盤はなくても、漕ぎだし、辿りつかなきゃならない。
早くこの仕事で一人前になって、頼られるようにならなきゃならない。もし新しくバイトが入ってきたら、自分が教えてやらなきゃならない。
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