なあ、耐えればいいってもんじゃないぞ

配給会社でのアルバイトを始めて一週間も経たないのに、マスコミ回りを頼まれた小森谷くん。教えてくれる上司もいない中、なんとかマスコミ各社を訪問するも、どの会社もほとんど取り合ってくれない。上司に怒られる日々が続き、仕事に忙殺される彼は一年ぶりに土岸と再会するが……。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 溜まった雑用を終えて外に出た彼だったが、いきなり途方に暮れてしまった。

 マスコミ回りとか、媒体の振り分けとか、そんな単語自体、今日初めて聞いた。

 先輩から仕事を引き継ぐとか、教えてくれる人がいるとか、この会社には一切そういうことがないらしい。

 ひとまずラジオ局に行って、名刺を渡して挨拶して、と歩きながら考えた。

 でもどこに行けばいい、と映画の資料を抱えながら立ち止まる。ひとまず書店に行って、と汗を拭きながら考える。

 書店でマスコミ電話帳をめくり、ポケット地図を買った。

 一番有名と思われるラジオ局に定めをつけ、彼は歩きだす。地下鉄を乗り継ぎ、また歩く。

 辿り着いたラジオ局の入り口に、守衛さんがいた。担当者を教えていただけませんか、と丁寧に頼むと、丁寧に断られた。

 局の番組案内表を入手した彼は、“映画”や“ムービー”という言葉を探した。

 その文字が書いてある番組を洗いだし、代表番号に電話をかけた。

 担当者を教えて欲しい、と頼むと、教えられない、と返ってきた。

 彼は次のラジオ局に向けて歩きだす。

 今度は先に番組案内表を入手し、アポイント無しで担当者に会おうとした。局の入り口で、○○番組担当者様、約束はナシ、と来社票に記す。

 受付で取り次いでもらったのだが担当者は不在らしく、会ってはもらえなかった。

 別の番組の担当者にも何度かチャレンジするが、これも不在だ。

 彼はまた別の局に向かったが、不在、外出中、の言葉しか返ってこない。

 会議中のため一時間待ってくれ、と言われ、一時間後に行ったら今度は外出中だ、と言われたりもした。

 五つ目の放送局で初めて、何とか一人にだけ、映画の資料を渡すことができた。

 そこ置いといて、と、ぶっきらぼうに言われただけだったけれど。

 いつの間にか雨が降っていた。

 うつむきながら会社に戻り、部長に報告をすると、いきなり怒鳴られた。

 名刺を三十枚はもらってくるように、と、乾さんにもきつく言い渡される。あてがわれた自分の机に戻ると、雑用が山のように溜まっていた。

 小舟と櫂だけ持たされて無人島に置き去りにされた気分だった。

 厳しいな、何とかしなきゃな、と焦りはしたけれど、辞めたいとは思わなかった。最初はきつくて当然だ。早くなんとかしなきゃならない。羅針盤はなくても、漕ぎだし、辿りつかなきゃならない。

 早くこの仕事で一人前になって、頼られるようにならなきゃならない。もし新しくバイトが入ってきたら、自分が教えてやらなきゃならない。

 翌日からの日々、彼は朝も昼も夜も都内を漂流した。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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marekingu #スマートニュース 3年弱前 replyretweetfavorite