十万枚のチラシを一人で配らなくてはいけない

配給会社で働くことになった小森谷くんは、やる気に満ち溢れていた。アルバイト初日からたくさんの雑用を頼まれた彼だが、なんと二日目には、十万枚のチラシを一人で配らなければならないという。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 自分の全情熱を、この仕事にかけよう。

 走り続ければ見えてくるはずの未来を、この手につかもう。

 期待されることに全力で応え、もっと期待されるようになろう。やれることはなんでもやろう。

 配給会社で働けることになった彼は、プロミネンスの渦のように激しく燃えていた。

 フルタイムのアルバイトという立場だが、いきなり社員扱いしてくれるという話だった。

 職場環境は厳しいらしいが、そんなことはあまり関係ない。

 彼はともかく働ける喜びに、打ち震えていた。

 初日、事務所に行くと、次から次から次から次に雑用を頼まれた。

 電話応対をし、大量の郵便物を出しに行き、お使いに行き、冊子をコピーし、書類をまとめたり配ったり整理したりする。

 だがそれらは単なる雑用に過ぎず、本当の仕事は別にあった。

「じゃあ君は明日から店舗回りをして。お店にチラシを置いてもらって、枚数を毎日報告する。まずは渋谷から。名刺は乾からもらって」

 早口でしゃべった女性の部長が去っていく姿を、彼は胸いっぱいの気持ちで見守った。

 何やら重要そうな仕事を任されてしまった。しかも自分の名刺をもらえるらしい。

 乾さんというのがどこにいるのかわからなかったから、彼は会社中を探し回った。

「小森谷です。よろしくお願いします」

「あ、そう。ちょっと待ってね」

 乾さんという女性は、書類に何かを書き込んだ。しばらく経つとボールペンを置き、何かを考える仕草をした。

 それからいきなり立ち上がって歩きだした彼女に、慌てて付いていく。

「チラシはここ。先にこっち。終わったらこっち」

 事務所の奥の倉庫のような場所に、チラシの入った段ボールが積んであった。

 全部で十万枚くらいあるらしいが、それを彼が一人で配るらしい。

「あの、渋谷のどこに配るんでしょうか?」

「自分で考えて。配ったら報告して。名刺は明日渡すから」

 乾さんはそれだけ言うと、すたすたと去っていってしまった。ここで働く人は皆、とてつもなく忙しそうにしている。

 翌日、雑用を済ませた彼は、持てるだけのチラシを抱えて、渋谷に向かった。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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