なんとなく暮らせてしまうのがアジアの魅力
丸山ゴンザレス(以下、丸山) 室橋さんが編著を手がけた『海外暮らし最強ナビ【アジア編】』ですが、欧米じゃなく「アジア編」にした理由は?
室橋裕和(以下、室橋) アジアなら日本人が仕事を見つけやすいと思ったからです。欧米で就職するには、スキルと語学力がないと難しいですよね。それに比べて、アジアは普通のひとでも暮らせる気安さがある。
丸山 なるほど。海外暮らしといっても、ロングステイとか留学とか色々な暮らし方がありますよね。
室橋 今回は、海外で就職することをテーマにしました。海外で働くというと、昔は駐在員という選択肢しかなかったけれども、そうじゃない働き方ができる時代になっています。
経済発展が続くアジアはいまや日本人の労働・生活圏となっている(タイ・バンコク)
丸山 室橋さんの周りで海外暮らしをしている人たちは、どんな人が多いんですか?
室橋 僕はいま43歳ですが、同世代は目立って多いですね。就職氷河期であり、団塊ジュニアであり、負け組が多いのが僕らの世代。だから、海外に活路を見出す人が多かった。性別は、どちらかといえば女性が多い気がします。
丸山 ああ、僕も女性の方が多いイメージはありますね。男女ともにたくさんの人がアジアに行ったけど、残るのは女性の方が多かったのかな。みなさん当時、どういう目的で渡航したんでしょうね?
室橋 明確な目的を持った人はあまりいなかったですよ。「ちょっと疲れたし、とりあえずタイに行くか」みたいな感じで行ってみたら「仕事あるじゃん」って。なんとなく仕事を始めて、ステップアップしていく人が多かったですね。
丸山 室橋さんもタイで10年間暮らしていましたよね。そこに至るまでのいきさつを教えてもらえますか。
室橋 僕は学生時代からバックパッカーをやっていて、完全に旅にハマってしまったんです。大学卒業時も就職せず、どうしたかというと、「俺はライターだ」って言い始めた。
丸山 非常にダメなパターンですけど(笑)。
室橋 ところが幸運なことに、双葉社からお仕事をいただいて、『バックパッカーズ読本』という本を書いたんです。
丸山 名著ですよね。
室橋 デビュー作がきっかけで仕事をもらえるようになったけど、そうそう食えないわけですよ。どうしようか悩んでいたところ、文藝春秋に誘われて、『週刊文春』の記者をやることになったんですね。でも、張り込みとか事件の被害者へのインタビューとか、精神的にも体力的にもキツくて。でも、辞めるなんてもったいないこと言えないという気持ちもあった。そこで「すいません、僕は昔からタイで暮らしたかったんです」と言い訳して、タイに逃げたんです。1年くらいブラブラしているうちに、向こうで仕事が見つかっちゃった。
移住当時、知っていたタイ語は「サワディー・カップ」だけ!
丸山 日本を飛び出したのって何年でしたっけ?
室橋 2004年です。13年前ですね。
丸山 そんなに経ちますか!
室橋 タイに10年いたんですよ。30代を丸ごとドブに捨てたみたいな。
丸山 いやいや (笑)。日本の住居を引き払った時は身軽になって、希望で胸ふくらむ、みたいな感じだったでしょうね。
室橋 それが、慌ただしくて覚えてない。11月上旬に文春を辞めて、ドタバタと準備して、11月25日くらいにタイに行ったので。そこから1〜2カ月くらい、友人がカオサンで経営していたゲストハウスにいました。当時のタイでは、夕方6時になると公園とかでエアロビをやるのがブームだったんですね。友人と一緒にエアロビをするのが習慣づいたあたりで、「解放されてる」と感じましたね。
丸山 その時すでに、在住者としての意識は芽生えていた?
室橋 いや、まだ旅行者ですね。タイに住んでるって感じたのはいつからだろうな……。アパートの管理人とか、よく行く屋台のおばちゃんとか、タイ人の知り合いができてからじゃないですかね。
タイのサラリーマンやOLの一般的な昼食風景。こういったところに入っていけそうな人ならアジア暮らしはうまくやれる
丸山 その頃の語学力って……。
室橋 タイ語は「サワディー・カップ」だけですよ。数字も分からなかった。英語がちょっと分かるくらいのもんでした。
丸山 準備段階で勉強しようと思わなかったのがツワモノっすよね。
室橋 こういう本を作っておきながら何ですけど、僕は全く準備しなかったんですよ。手探りで知ったことを、本書に詰め込んだという感じですね。
丸山 室橋さんはタイを選びましたけど、アジアには他にも国があるじゃないですか。これから海外暮らしを目指す人って、どうセレクトすべきですかね?
室橋 その国に合うかどうかは人によりますよね。制度の整った国がいいのか、暗中模索状態の国がいいのか。あとは、自分のスキルで就職できる国を考えてみるといい。例えばタイやベトナムにはIT関連のアウトソーシング企業がどんどん進出しているし、インドネシアでは不動産がらみのビジネスが増えています。その国で栄えている産業を狙ってみるのはアリかな。
丸山 その国を好きになれるかどうかと、自分のスキルを掛け合わせて考えると、暮らせる国は絞られる。その上で情報の補強をしたいなら、この本をぜひ読んでくださいということですね(笑)。
(構成:東谷好依)
(左)室橋裕和さん(右)丸山ゴンザレスさん 撮影◉勅使河原真
室橋裕和(むろはし・ひろかず)大学卒業後ライターとしての活動を開始。1998年『バックパッカーズ読本』で執筆&編集を担当。その後、『週刊文春』記者を経て、2004年にタイ移住。現地発の日本語情報誌の編集記者として活動後、2014年、日本帰国。フリーランスとして活動中。