男に裏切られたとき、あるいは男を愛しているのに自分の気持ちがわかってもらえなかったとき、「夜叉」になる女がいる。わかりやすいのが恋人関係にある男女だろう。恋が燃えさかっているときは、お互いに「好き」と言い合い、一緒にいるこの時間が永遠であるかのように感じるものだ。ところが年月がたち(あるいは短期間で)、どちらかの気持ちが冷めることがある。恋は、片方が冷めたら、もう終わりだ。冷めたほうが距離を置こうとしたり別れを告げたりしても、冷めていないほうは受け入れることはできない。
どうして気持ちが離れたのか、自分が何かいけないことをしたのか、悶々と悩んだり相手に詰め寄ったりする。双方が同時に冷めたのなら、自然に別れていけるのだが、なかなかそうはいかない。フラれたほうは納得できないから怒る。その後、ひょっとしたら、相手が自分の友だちとつきあい始めたとか、他に好きな異性ができたらしいとか、いろいろ情報が入ってくる。そのとき、「そんなヤツだったのか」ときれいさっぱり忘れようとする人と、その裏切りがどうしても許せず、相手にも自分と同じようなつらい気持ちを味わわせてやろうとする人とに分かれていくようだ。
だが、「復讐してやろう」と思うことと行動に移すことには大きな違いがあるような気がしてならない。何が彼女たちの背中を押すのだろう。実際に、恋人に裏切られ、復讐を決意して実行した女性に話を聞いてみた。
case ❶ 【社内で二股恋愛の末、私を棄てた男】
ヨウコさん(33歳)は、27歳のときから3年間つきあい、口約束ではあったが結婚をするつもりだった同い年の彼に裏切られた。「社内恋愛だったから毎日、顔を合わせるのに、あるときから彼が急に冷たくなって。何かあったのならはっきり言ってよ、と詰め寄ったら、『今日、帰りに時間ある?』って。イヤな予感はしましたね。カフェで待ち合わせて話を聞いたら、なんと彼、同じ会社の別の営業所にいる子と浮気していたんです。彼によれば『1回だけ、つい』ということだったらしいけど、そんなの信じられない。パニックになりました」ぼう然としたあと、ぶわっと涙を流したヨウコさんを見て、彼は「ごめん、本当にごめん。彼女が妊娠しちゃったから、どうにもならないんだよ」と言った。この言葉がのちのち、ヨウコさんを苦しめたのだという。
「泣いている私を放って、彼は去っていきました。その日は家に帰ってからも泣いて泣いて……翌日は目が腫はれて開かない状態だったので、会社は休みました。私と彼がつきあっていることはみんな知っていたのですが、別の営業所の彼女のほうも、自分が彼とつきあっていると言い出していたので、少しずつ噂にはなっていたみたい。その翌日、会社に行ったら仲のいい同僚に『大丈夫?』と聞かれました。私が何を言っても噂になるので、自分からは何も言うまいと決めていたけど、どうしてこんな好奇の目にさらされないといけないんだろうと悲しかったですね」
彼からの別れの宣告は、まだ受け入れられずにいた。すると、例の彼女が会社を辞めたという話が耳に入ってきた。「もうしばらくしたら、彼が彼女と結婚することが公表されるんだろうと思うと、悔しくてつらくて……」
彼ともう一度話したいとSNSで連絡をとったが、彼はメッセージを読むことさえしない。会社で会っても顔を背ける。部署が違うから仕事で話すことはないが、決して彼女の顔を見ようとしない彼に、ヨウコさんはだんだん怒りがこみ上げてくるようになっていった。怒り、悔しさ、哀しさ、そしてこんな彼を信じていた自分への情けなさ。そういった感情が絡み合ってどんどん高じていき、ついに「憎しみ」にたどり着いてしまうのだろうか。
「そうですね、そうかもしれない。あの頃は、1日のうちでもころころ気持ちが変わって、自分で自分をコントロールできなくなっていました。仕事をしているときは彼のことなんてどうでもいいやと思う瞬間もある。でも、ふっと彼の姿が目に入ると、こいつは他の女と楽しくやっているんだと腹が立って。彼女への憎しみも募っていきましたね」
コントロールできない気持ちが、「憎しみ」で統一されたとき、彼女は復讐を思い立ったのだという。
上司に通報、男を社会的に抹殺するという気晴らし
彼の上司にすべてを打ち明けた。ふたりの間では結婚も約束していたこと、そして彼の子どもを中絶したことがあること。
「実は中絶は嘘です。生理が遅れて彼に相談したことはあるけど。ただ、こういうことを女性が言ったら男は嘘だと証明しようがないでしょ。彼を社会的に抹殺してやりたい一心で、話の流れからつい言ってしまった。もともとそういう嘘を言おうと計画していたわけではなかったんですが」
彼の上司はひどく憤った。ヨウコさんの勤める会社は人材育成関係だ。そんな男に人を育てる心が養えるわけがないと上司は怒った。
「それを聞いて、ちょっとやりすぎたかなとは思ったんですが、彼の上司が怒ってくれたこと自体がとてもうれして……」
少しだけ人の道を踏みはずした感じはあったが、それより彼をこらしめてやりたい気持ちのほうが強かったのだろう。彼女は当時、ショックのあまり眠れず、心療内科にもかかっていたので、クリニックから鬱状態であるという診断書ももらい、後日、彼の上司に提出した。
「彼のことは一気に噂になりました。一週間後くらいかな、廊下ですれ違ったときに彼に胸ぐらをつかまれそうになったこともあります。そのときは大声を出して、他の社員に助けてもらいました。あとから考えると、その日、彼は会社をクビになったんです」後日、彼の同期に聞いたところによると、別の営業所の彼女は妊娠していなかったという。結婚して会社を辞めたかったために、彼女は嘘をついていたらしい。ただ、会社をクビになった彼と添うつもりはなく、彼女は転職したとか。そして彼はすべてに疲れて、田舎の実家に戻ったそうだ。
「妊娠したなんて嘘をつくのは最低だと思ったけど、私も結局、同じような嘘をついてしまった。女はそういうところが卑怯ですよね」
ヨウコさんも結局、会社にいづらくなって転職。あの怒濤の日々から3年たったものの、まだ恋愛する気にはなれないという。
「今思うと、ショックが怒りに変換されたとき、私は手段を選ばずに彼に復讐してやろうと決めたような気がします」
その怒りの正体は、やはり自分の心が傷つけられたことなのだろうか。そして相手を傷つけたことで、自分の心は回復したのだろうか。「相手を傷つけても、自分の傷は治りません。ただ、傷つけられたまま黙っているよりは仕返しすることで少しは気が晴れるのは確か。私は我慢していることはできなかったんです」
いい悪いは別として、「我慢」が美徳とされたのは過去の話。我慢して損するくらいなら、刺し違えてでも気持ちを晴らしたほうが得だと考えるのが現代のありようなのかもしれない。