静かに感情の波に飲み込まれたいあなたへ
『やさしい訴え』小川洋子
(文藝春秋)初出1996
芸術 VS 恋愛
眠れない夜には小川洋子。小説独特の「艶」というものを知る、静謐で美しい恋愛小説。#恋愛小説 #芥川賞受賞作家 #本屋大賞も受賞している #外国映画のような作品 #森の中で現実から遊離した愛 #チェンバロをめぐる物語 #実際にチェンバロの曲を聴きながら読むのもいいね #三角関係 #文章が静謐 #大人の恋愛小説が読みたいときに
拝啓 小川洋子様
こんにちは、初めてお手紙差し上げます。
ずっとお話を読んできた先生へこうして直接文章を書くのは、なんだか変な気分です。
さて、わたしは小川先生にお礼を申し上げたくて、こうして筆をとっています。
先生には、いつもお世話になっています。本当にありがとうございます。
どうお世話になっているかと言いますと……わたしは先生の小説を読むと、よく、眠れるのです。
あ、「よく眠れる」というのは、決して「眠くなる」という意味ではありません。
そうではなくて、先生の本を読んだあとは、すっと眠れるようになるのです。
なぜか、心がことんと落ち着くのです。
心が沸騰していてどうにもこうにも寝つきがよくないとき、眠りたいけどなんだか目がさめて眠ってしまえないとき、わたしはいつも小川先生の小説を読みます。
短編、長編、随筆、アトランダムに。
本棚を眺め、目が合った本を読みます。
『海』『とにかく散歩いたしましょう』『シュガータイム』『猫を抱いて象と泳ぐ』『妖精が舞い下りる夜』……題名をこうして並べただけで、今も、心のどこかがほっとします。
ベッドの中に本を持ち込み、先生の文章とか世界に触れるだけで、すっと落ち着いて、凪いで、読み終わったあとに部屋の電気を消すと、いつのまにか眠れているのです。
この作用は何だろう、とたまに考えるのですが……小川洋子先生の描かれる世界が、どこかわたしが夜に見る「夢」のテンションに似ているからかなぁ、と思っています。
自分が主人公だったりまなざす主体だったりするのだけど、遠くの人々を見つめているような、目覚めたらすべて忘れてしまいそうな、だけどそこにちゃんと実在している世界。
先生の小説は、夢の世界によく似ています。だからきっと体が「眠る」状態に落ち着くんです。
そんなわけで、眠れない夜には小川洋子先生、とわたしの中では決まっています。
いくつもの眠れない夜を助けてくださって、本当にありがとうございました。
さて……小川先生の本はどれも大好きなのですが、『やさしい訴え』は、ほかにはない感情を訴えてきて、とくに、好きです。すこし感想を話させてください。
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