人生を狂わせる芸術」とは?『月と六ペンス』が描いた、狂気と魔力

京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う名著を選んでみた。12作目は、サマセット・モームの『月と六ペンス』。この本を読むと、芸術家たちに「すいませんでした」と土下座したくなる。『人生を狂わす名著50』より特別連載。作家、有川浩も推薦! →公開は毎週木・金です。

小説家や画家に頭が上がらないと思っているあなたへ

『月と六ペンス』サマセット・モーム
(金原瑞人訳・新潮社)初出1919

芸術は人生を豊かにする VS 芸術は人生を狂わせる

絵に取り憑かれた画家の一生を通して、「芸術」の魔力を描いた一冊。鑑賞者ってつくづく楽だ……とか思っていたら殴られてしまう。#イギリス文学 #20世紀初頭 #芸術というものの魔力 #画家ゴーギャンがモデル #金原瑞人さんの新訳も素晴らしいのでぜひ! #作者は実はイギリス諜報機関のメンバーだったんですよ #才能と芸術をめぐる小説 #読むと芸術家に土下座したくなってしゃーないんですよね


 芸術というものに取り憑かれた人物について描かれた小説を紹介しよう。
『月と六ペンス』の主人公「私」は、40歳を過ぎていて冴えない男、画家のストリックランド(ゴーギャンをモデルにしたと言われている)に出会う。
 ストリックランドはロンドンで何不自由ない生活を送っていたのに、ある日突然、失踪してしまう。
 なんと彼は「絵を描く」ために何もかも捨てた、と言うのだ……。

 ストリックランドはひたすら「芸術」しか見ていない。描く以外、ほかには何もいらないのだ。たとえ自分の絵が売れても売れなくても、そんなのは関係ない。なぜならストリックランドが見ているのは決して鑑賞者ではなく、芸術そのものだから。
 ストリックランドは、芸術のせいで人生ががたがたと狂っていっても、おかまいなしである。

彼が色や線に固有の価値を置いているのは間違いない。駆り立てられるようにして自分の感じたものを伝えようとしている。そのためだけに、独自の色彩や猫線を創り出したのだ。追い求める未知のなにかに近づくために、なんのためらいもなく対象を単純化し、歪めた。事実などどうでもいい。なぜなら身の回りにあふれる些末な事象の奥に、自分にとって意味があると思えるものを探し求めていたからだ。まるで、宇宙の魂に触れ、それを表現せざるを得なくなったかのように。

 文学も、絵画も、音楽も、あらゆる素晴らしい芸術は、神様に愛された天才たちの、すべてをなぎ倒すほどの努力によって成り立っている。
 なんでもない、くだらない人間の一端である私が、その天才たちがそうまでして残したかった何かに、美術館や書店やコンサート会場に足を運んで、謝礼つまりお金をすこし払うだけで触れられるなんて手軽なものだ。
 鑑賞者はつくづく楽な存在だな。
 ……とか思っていたら、サマセット・モームに殴られてしまう。

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三宅香帆の文学レポート

三宅香帆

『人生を狂わす名著50』(ライツ社刊)著者、三宅香帆による文学レポート。  ふと「いまの文学の流行りをレポート」みたいな内容を書いてみようかなと思い立ちました! なんとなく、音楽や映画だと「ナタリー」みたいな流行をまとめる記事っ...もっと読む

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コメント

marekingu #スマートニュース 1年以上前 replyretweetfavorite

feilong “京大院生が選んだ 1年以上前 replyretweetfavorite

feilong “「 人生を狂わせる芸術」とは?『月と六ペンス』が描いた、狂気と魔力” https://t.co/I7Zl7Nd7tp 1年以上前 replyretweetfavorite

feilong “17912” https://t.co/I7Zl7Nd7tp 1年以上前 replyretweetfavorite