大学を卒業したといっても、就職するわけではなかった。
九月に卒業したのなんて、周囲では彼だけだったし、あまり卒業の実感もなかった。働きたい、というのが彼の切実な願いだったが、今のところはルミエールでのアルバイトに励むのみだ。
というわけで、終わらない夏休みのような彼の生活は、このあとまだ半年くらい続く。
英会話スクールのカリキュラムを終えた彼は、今度は配給の仕事を学ぶスクールに通い始めた。
人生二度目のローンを組んだため、空いている時間はルミバイトのシフトを入れ、働きまくる。
彼はもともと真面目な性格だったし、大好きな映画館での仕事だったし、いつか配給会社で働くという目標もあった。
売店の売り子をしたり、場内整備をしたり、フロアの案内をしたり、といったアルバイトの仕事だけでは物足りず、売り上げを計算したり、客入りのメーターを交換したり、何時に何人入ったという情報を他の劇場と交換したり、データを本部に報告したりといった社員がやるような仕事も、いつしかこなし始める。
ルミエールには百人を超えるバイト仲間がいた。
週末には飲み会があり、彼はすぐにその中心人物となった。
飲み会ではいつも、誰が可愛いとか、あいつはあの子が好きとか、あの子には彼氏いるとか、そういうたわいもない話に、花が咲いた。
彼は、友人にのせられると何でもやる、という精神の持ち主だった。
このためバイト先や飲み会でも奇行を繰り返すのだが、その様子は余すところなくメラくんによってビデオ撮影された。
メラくんは常にカメラを回していた(だからメラくんというあだ名が付いた)。
乾杯から解散まで、今日を見つめるメラくんはカメラを回し続ける。
バイト仲間に好きな女の子ができると、その子と肩を組んでいるように見える映像を撮ってくれる。そんなメラくんだが、いつか映画を撮るらしい。
ルミバイト仲間で、海外に遊びにいったときも、メラくんはカメラを回し続けた。
マレーシア・ペナン島に上陸した男七人は、うははははは、と笑いながら、海でバナナボートに乗る。
外国人の前で何か面白いことをやれ、とのせられた小森谷くんが、桑田佳祐のモノマネをする。
ペナン島の人々がしーん、とするなか、わはははははは、と友だちが笑う。
それらの様子は、メラくんによって余すことなく撮影される。
メラくんは海外に来たというのに、目で直接外を見ているより、ファインダー越しに見ている時間のほうが多い。
外国に来たんだから染めよう、という謎めいた理由で、小森谷くんは髪をブリーチで金髪に染めあげた。
ついでにおでこにマジックで“欲”と書かれた。
その姿のまま彼はペナン島の夜を歩き、その姿のまま飛行機に乗って帰国した。その様子をメラくんが余すことなく撮影する。
帰国した彼は金髪のまま仕事を続けた。
やがて季節は移り変わり、彼の髪も黒さを取り戻していく。
三月、単なるラッキーなのか、それともそれは、彼が全力で走りだした結果なのかもしれない。
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