てめえ、おれの女に手を出しやがって!

クリスマスの夜、カップルであふれるお台場海浜公園の砂浜に、小森谷くんと土岸は降り立った。彼らが始めたことは、女を取り合う殴り合いの喧嘩であったが……?
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 いざとなると怯む佐藤と堀内を置き去りに、彼と土岸はつかつかと砂浜に降りていった。

 波打ち際まで行って、そのままカップルの目線に入る辺りまで歩いていく。

「おい! ちょっと待てよ、てめえ!」

 土岸が彼の背中に向かってシャウトした。

「あ?」

 振り向いた彼に、土岸が掴みかかった。

「てめえ、おれの女に手をだしやがって!」

「うるせーよ! お前が悪いんだろうがよ!」

「なんだと、この野郎!」

 大声をだしながら掴み合う二人に、夜景を見ていた女の子は小さく悲鳴をあげ、男は身構える。

「ナナちゃんはおれに惚れてんだよ!」

 彼の払い腰が炸裂し、土岸が砂浜に転がった。

「そんなわけねえ! 適当なこと言ってんじゃねえよ!」

 土岸の高速タックルによって、彼も砂浜に倒れる。

「ナナはおれの女だ!」

 土岸にハンマーパンチを落としながら、彼が吼えた。

「あきらめが悪ぃこと言ってんじゃねえぞ。ナナはおれの女だ」

「おれはお前のこと、親友だと思ってたんだぞ!」

 スピニング・トゥ・ホールドをかけようとする彼を、土岸のエルボーが迎撃する。

「ナナのことが好きなんだよ!」

「おれのほうがおれのほうがおれのほうが好きだぞ! この野郎!」

「おれのほうがおれのほうがおれのほうがおれのほうが好きだぁぁ!」

「おれのほうが好きだっつーの!」

 ボディにゆるいパンチを入れあいながら、彼らはシャウトし、心のなかで爆笑していた。

 ふらふらになるまで殴りあい、最後は、はーはーと息をつきながら、お互いの肩をばしばしと叩く。

「おい、わかったよ。ナナのことはお前に任せたからな」

「あ? いいのか?」

「ああ。その代わり、幸せにしろよ! もしナナを泣かすようなことがあったら、」

 土岸がぐい、と彼の肩を掴んできた。

「おれが許さねえからな」

「おう! 任せとけ」

 にらみあった二人はそれから、がっし、と手と手を握った。そのまま肩を組み、ふらつくように、砂浜を上り始める。

 いくつものカップルがぎょっとした顔をしながら、彼らを見ている。

「お前、ナナって誰だよ」

「お前もなんだよ、ナナはおれの女だって」

 誰もいないあたりまで移動してから、彼らは呼吸が苦しくなるほど爆笑した。

「はあ、はあ。なあ、次はお前らやれよ」

「……いや、おれはいいよ」

「なんでだよ! 佐藤はやるだろ?」

「いや……おれもいいよ」

「なんだよ、根性ねえな!」

 佐藤と堀内は腰抜けというか賢明というか、そういうバカなことは一切やらなかった。

 彼と土岸はそれからさらに、他のカップルのロマンチックな夜に闖入することになる。

「なあ……そろそろ帰るか」

「ああ」

 最初のうちは楽しかったのだが、だんだん虚しくなってきた。

「来年も彼女がいなかったら、やろうぜ」

「……いや、もういいだろ」

 聖なる夜の帰り道、車内は凪いだ海のように沈んでいた。彼らだって本当は、ロマンチックな夜を求めていたのだ。

 ──ねえ、クリスマスにさ、なんか女の子取りあってケンカしてる子らがいたよね。

 ──ああ、いたな。あいつらどうしてるかな?

 ──幸せになってるといいけど……。

 いつかこの夜の茶番は、どこかのカップルによって思いだされるかもしれなかった。

 だったらいいのかもしれない。

 みんなは決してマネをしてはいけないが、たまにはこんな夜だって、あってもいいのかもしれない。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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