誰にも見向きもされない努力

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎(かねがさき)の戦い(1570年)。徳川軍は、信長たっての頼みで織田軍とともに京都に留まっていた。しかし、いつまでたっても信長から出陣先が告げられないまま、数日が経過。その間、家康は同じく待機中の明智光秀を訪ねた。

この男に小手先で隠し事をしてもしかたない。家康は素直に降参した。

「ある日突然、足利義昭の直参でございと織田のもとをおとずれ、そして将軍宣下の勅令がおりて一年を待たずして義昭将軍の命を救う、という空前の武功をたてた。その際に、兵法や武芸、武略のほかに鉄砲まで使ったことも知っている。そのほかに細川や一色にまさるとも劣らぬ文学のたしなみもあるときいておる」

「文学のほうは、いささか買いかぶられすぎでございますが」

「それほどまでの技量を、いつ、どこで身につけられた?」

「放浪時代」

「明智殿ほどの器量人ならば、望めばいかなるところでも仕官がかなったのではないか?」

「拙者もみずからをたのむところ大でありましたが、どうも世間はそうではないらしく」

 すこし、光秀は眉をひそめた。家康は、痛いところを突いたらしい。

「拙者の知るかぎり、木下殿も織田家中では出自はあまりくわしくは知られておられぬ模様に候」

「いいや。本当に信長殿の雑人をやっておった。わしが織田に二年ほどいたとき、木下殿は草履を小脇にかかえて信長殿の馬のまわりを走っておった」

「そのとき木下殿はなんと呼ばれておられたか、おぼえておられますか」

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歴史小説初心者、大歓迎!人気武将4人の悪戦苦闘を描く「4人シリーズ」第1弾。

この連載について

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金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

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