リー・クアンユー(シンガポール初代首相)
【第3回】西洋を捨てて学んだ「醜い」教養

悪の親玉としてイメージされがちな「独裁者」たち。この連載では、世界を代表する独裁者たちが、若い頃にどのような知識や価値観、思想などの「教養」を得て、それをどう国家支配に反映させたのかを読み解いてゆきます。西洋の教養を身につけた、秀才リー・クアンユーが、日本による統治から学んだ「醜い」教養とは。(『独裁者の教養』より)

「新たな統治者の下では、いくら英語ができたところで何の価値もない」

リーはアイデンティティの危機に対して、あくまでも合理的に対処しようと考えた。
彼は自分のキャリアを破壊した日本を徹底的に憎む一方、軍政支配は個人の努力では解決できないと判断し、自らの誇りを守るために抗日ゲリラに加わるような「割に合わない」感情的な行動を避けた。リーは従来の西洋風の教養を捨て、華語と日本語を学ぶ道を選択する。

日本の占領から間もない1942年5月、彼は軍政当局が設立した日本語学校の第一期生になった。さらに翌年末から十五カ月間、軍政当局の「報道部」に職を得る。ただし、心の底から親日派に転じたわけではなく、職場で収集した情報から日本の敗戦を正確に予測し、やがて来たる連合国軍の反撃に備えて逃亡を計画するなど自己防衛を図っていたという。

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この連載について

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独裁者の教養

安田峰俊

悪の親玉としてイメージされがちな「独裁者」たち。しかし、彼らは優れていたからこそ「独裁」を行えたはずです。そこで、この連載では、世界を代表する独裁者たちが、若い頃にどのような知識や価値観、思想などの「教養」を得て、それをどう国家支配に...もっと読む

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