洞窟ばか

落石で骨折……片腕だけで30時間の脱出行

ロープ1本で400メートルの縦穴(東京タワーがすっぽり入る)を下りる恐怖や 最長では11日に及ぶという洞窟内での過ごし方(排泄物は持ち帰る! )、 ベトナムで見つけた火山洞窟があとから大発見だと判明したりなど、 洞窟探検譚はもちろん、洞窟内で遺体を発見した仰天エピソードから、真剣に取り組む洞窟ガイド育成まで、「洞窟のおかげで人生が豊かになった」という洞窟愛が満載。

「オレだけは落石に当たらない」という自信は甘かった……

「カーン! カーン!」

 静寂に包まれた洞窟の中、頭上で石が壁に当たる乾いた音が2回、響いた。その直後、シュルシュルシュルッという不気味な風切り音が自分に向かってくるのがわかった。 「ヤバい!」  瞬間的に壁に体をつけたが、時すでに遅し。
「ゴン!!」
 握りこぶし大の石がヘルメットをかすめて左肩に直撃し、と同時に、石が当たった衝撃で体ごと数メートルほどふっ飛ばされて、洞窟の地面に叩きつけられた。 「あがぁぁぁ!!」 左肩のあまりの痛みに言葉にならない叫び声を上げながら、オレは冷たい岩の上でのたうち回っていた―。

 2006年10月、オレは仲間たちとともに中国・重慶市の「石硝坑」という未踏洞窟を探検していた。  石硝坑は、入口が深さ300メートル超の縦穴になっており、地上を流れる川がそのまま洞内へと流れ落ちている。雨が降ると川が溢れて、流れ落ちる水も滝のようになり、洞窟内に入ることすらままならない状態となる。そのため、探検は渇水期を狙って行われた。
 ロープをセットしながら10時間かけて縦穴の底へと下りていくと、そこは平らになっていて、横になって寝られそうな場所もあった。平坦地から先は渓谷状になり、小さな滝が続いていた。
 ロープを使っていくつもの滝を下りて下流部へと進むと、突然目の前の空間が開けて、マリンブルーの地底湖が広がっていた。われわれはその美しさに思わず息をのんだ。こうした絶景に出会えることも未踏の洞窟探検の醍醐味のひとつである。
 湖の水は透明度が高かったが、覗き込んでみても、水深がどれほどあるのかわからない。そこから先はダイビング装備がなければ進むことはできないため、その日は来た道を引き返すことにした。

 冒頭の〝落石事件〟が起こったのは、入口の縦穴の登り返しのときだった。
 仲間が先に登り、底から約100メートルの高さのところにあるテラス(岩壁の途中にある棚状の場所で、ロープにぶら下がらなくても立つことができる)へと向かった。しばらくすると仲間から「テラスに到着したので、吉田くんもどうぞ」という無線交信が入ったので、オレもロープをつかんで登り返しの準備に取り掛かった。
 まさにそのとき、頭上からの落石がオレの左肩にぶち当たったのだ。  それまで洞窟を探検していて、近くに石が落ちることは幾度となくあったものの、直撃を受けたことは一度もなかった。縦穴の底で仲間とご飯を食べていたら、直径1メートルくらいの岩が落ちてきたこともあるが、そのときも2メートル横に落下したので、ギリギリ助かった。
 そのため、何の根拠もないのだが、オレの中には「自分に石が当たることはない」という自信というか、信念みたいなものがあった。
 しかし、それはやはり根拠のない自信であり、当たるか当たらないかは単純な確率の問題だったわけだ……。


落石を受けた左半身は激しい痛みに襲われ、しだいに左手全体が痺れて、指先の感覚がなくなっていった。
 しばらくして、すこし痛みも落ち着いてきたので、洞窟の地面に横になって倒れたまま、ケガの状態を確かめてみた。左肩から左腕は痛みでまったく動きそうにもない。たぶん骨折しているのだろう。しかし、不幸中の幸いというべきか、外傷はなかった。
「よかった……」
 オレはひとまず安堵した。大きな外傷があって大量出血をしていたら失血死のリスクがあるし、傷口から感染症にかかる可能性もある。骨折だけなら、折れていない部分を使って、動けないことはない。洞窟探検において、大きな外傷は致命的だが、骨折は大したケガではないのだ。
 とはいえ、安心してばかりもいられない。そのときオレがいたのは300メートルの縦穴の底。ロープレスキューの技術を使って仲間に引き上げてもらうことは不可能ではなかったが、人間一人を300メートルも引き上げるのには相当の時間と労力がかかるので、自力で登っていかなければならなかった。

300メートルのロープを片腕だけでよじ登る30時間

 立ち上がったオレは、洞内に垂れ下がるロープにあらためて器具をセットして、片手で登り始めた。片手のため、両手で登るとき以上に力とバランスが必要なうえに、動くたびに左肩に激痛が走る。最悪の状況だった。だが、助けてくれる人はいない。どれだけつらくても、どれだけ痛くても、自分の力で登っていくしか、助かる術はなかったのだ。
 途中、あまりにもつらく、オレは知らず知らずのうちに、なぜか「お正月の歌」を口ずさんでいた。 「もぉ~いくつ寝ると~お正月ぅ~♪」
 この最悪の状況でなぜお正月なのか、自分でもよくわからないし、思い返すと笑ってしまうのだが、本能的に現実逃避をしていたのだろう。
 5時間ぐらい登ったところで頭上を見上げると、地上の光は消えて、夜になっていた。洞内はもともと暗いのだが、闇の深さが増した気がした。
 悪いことは重なるもので、渇水期ということで洞窟に入ったのだが、頭上から雨がポツポツと降ってきた。ロープは、洞内に流れ落ちる川の水が当たらない位置にセッティングしていたものの、川の水は落ちてくるときに霧状になって洞窟全体に広がるため、結局体中がずぶ濡れになってしまった。
 気温は7度。つなぎの下はタンクトップ一枚だった。ひと休みをしようとロープにぶら下がって止まっていると、すぐにガタガタと震えが来る。止まっている時間が長ければ、低体温症にもなりかねない。とにかく登り続けなければならなかった。

 結局、登り始めてから地上に着くまでに、普通なら3~4時間で登れるところを、30時間もかかってしまった。その間、途中で何度かロープにぶら下がったままで寝てしまうこともあったが、起きているときはひたすらに登り続けたわけで、われながらよく頑張ったものだと感心する。
 ちなみに、オレに当たった石は、自然に落ちてきたものではなく、ひと足先に100メートル上のテラスに登った仲間が不注意で落としてしまった人為落石だった。

「仲間」とは命をあずけ合える不思議な関係のことだ

 今でも忘れられないのが、30時間かけて洞窟の入口まで何とか登り切ったとき、その仲間がオレに言ったひとことだ。
「こんなことを言うのは申し訳ないけど、岩が当たったのが吉田くんでよかった! ほかの人だったら登ってこられなかったかもしれないから。申し訳ない。ありがとう」
 オレとしては「石を落としやがって。この野郎!」という気持ちももちろんあったし、「当たったのが吉田くんでよかった」という言葉に「オイッ!!」とツッコミたいところもあったが、別にその仲間を責めるつもりもなかった。
 オレも仲間たちも落石には細心の注意を払って行動しているが、そもそも洞窟に入る以上「落石のひとつやふたつ」という覚悟は常に持っている。それに今回は仲間が落としてオレが当たったが、逆の立場になることだって十分にあり得る。
 仲間が石を落とし、オレに当たったことは「しょうがない」ことだし、左肩を骨折した状態で何とか300メートルのロープを登り切れたことは「よかった」と思う。それだけだ。
 洞窟の仲間は親子でも兄弟でもないが、それを超えて命を預け合える不思議な関係だ。昨日今日会った人とは厳しい探検には行けない。こいつに石を落とされて死んでも諦められる……それが仲間なのだ。

 これまでテレビ番組に出演したり、自身のブログなどで、オレがどんな洞窟を探検してきて、どんな絶景に出会ったり、どんなヤバい状況に遭遇してきたのか、面白おかしく語ってきた。
 この本はオレにとってはじめての書籍だ。どんな内容になるのか、オレ自身も現段階ではまったくわかっていない。自分の半生を一冊の本にまとめるという作業は、洞窟探検と同じように「未知」の経験であり、未知なるものに計画は立てられない。
 とりあえずは思いのままに語っていきたいと思っている。
 洞窟探検をしていれば、落石の直撃を受けることもあれば、道に迷うこともある。狭い通路で身動きが取れなくなったこともある。当たり前の話だが、洞窟内は常に暗いし、オレたちの体はいつも泥だらけだ。
 そんな話をすれば、たいていの人が「洞窟探検のいったい何が楽しいの?」となる。  だが、オレははっきりと言いたい。
「洞窟探検ほど面白いものはない!」と。
 その面白さの一端でも感じてもらえればと思っている。

洞窟ばか

吉田 勝次
扶桑社
2017-01-08

この連載について

洞窟ばか

吉田勝次

『クレイジージャーニー』『情熱大陸』などテレビで話題沸騰の洞窟探検家・吉田勝次。国内外で挑んできた洞窟は1000を超える。「なぜ洞窟か?」と聞かれれば、「そこに未知の世界があるから」。 17㎝の隙間があれば身体を押し込み、泥にまみれ、...もっと読む

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コメント

izaken77 後で読むメモ< 2年以上前 replyretweetfavorite

bus_gasbusgas クレイジージャーニーのこの人の回、ほんとにクレイジーで好き。 3年弱前 replyretweetfavorite

Yukaralala 「洞窟の仲間は(中略)命を預け合える不思議な関係だ。昨日今日会った人とは厳しい探検には行けない。こいつに石を落とされて死んでも諦められる……それが仲間なのだ。」 3年弱前 replyretweetfavorite

wataseakira 登山家 森田勝のような話。 https://t.co/3tHFEYZpc5 3年弱前 replyretweetfavorite