十二月、空気は日々冷たさを増し、街は電飾で賑わっていった。
彼にとっては大学生活最後のクリスマスだった。
昨年は仕事を終えた文子さんと、部屋で小さくクリスマスを祝った。
一昨年は少し背伸びをして、都内のホテルを予約した。東京の夜景を見ながら、文子さんとシャンパンで乾杯した。
「なあ、元気だせよ」
「……ああ、そうだな」
クリスマスソングの流れる街を、彼は土岸と身を寄せあうように歩いた。
彼は寂しさのただなかにいて、土岸も土岸なりに長く付きあった彼女に振られて、荒れている最中だった。
「おいっす」
「……おいっす」
やがてそこに、佐藤という男と、堀内という男が合流した。
この日に集まるということは、その二人にも彼女がいないということだ。
聖なる夜、することのない男たちは身を寄せあい、冷えた体をあたためる。
「なあ、こういうときこそ、テンション上げていこうぜ」
「ああ、そうだな」
大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵のことは上手くいくのよ──。
ちょうどその頃デビューした小説家が、そんな一節で始まる小説を刊行したが、彼らにはまるで関係のない話だった。
彼らはこれから、佐藤の家でウイニングイレブンをする。初夏に終わってしまったワールドカップを再現し、日本代表を栄光の頂点へと導く。
そして聖なる夜の乾杯をするのだ。
佐藤家のプレステの電源を入れると、ウイニングイレブンのオープニングが流れた。
「行くぞ」
「おう」
雄叫びをあげながらコントローラーを操作した彼らは、ベルギーに勝利した。続くロシアとは引き分けたが、チュニジアには勝利し、ベスト16進出を果たした。
運命のトルコ戦、彼らはトルシエジャパンとは違って、中村俊輔を投入した。中盤をコンパクトに保ち、三都主ではなく俊輔にフリーキックを蹴らせた。
だが日野ジャパンはなかなか点を入れられなかった。逆に後半二十分、トルコのイルハンに、豪快なシュートを決められてしまう。
トルコの優勢とともに時間は過ぎていった。
やがて、ピ、ピ、ピーと試合終了の笛が鳴る。
「……終わった」
堀内が両腕で顔を覆い、がっくりとうなだれた。何やってんのあんたたちは、という顔で、佐藤のお母さんがお茶をだしてくれる。
「ああっ! くそっ」
コントローラーを放りだした佐藤が、ごろん、と後ろに倒れた。
土岸と彼も天井を仰ぎ、敗戦の悔しさを噛みしめる。
「だめだ……トルコにはやっぱり勝てねえ」
彼らは初夏に味わった悔しさを思い返していた。さっきシュートを決めたイルハンは超絶イケメンで、イングランドのベッカムとともに日本を騒がした男だ。
四人の悔しさはやがて、彼女と別れた寂しさや、フラれた悔しさや、この夜のむなしさに、すり替わっていく。
ベッカムヘア……彼は思いだす。二年半くらい前、彼は文子さんに初めて髪を切ってもらった。
そのときは変わった髪型だなと思っていたけれど、今ではキャンパスを歩いていると、一人はその髪型とすれ違う。
「なあ、」
しばらくして、土岸が低い声をだした。
「おれたち、こんなことしてる場合じゃないだろ」
「なにが? どういうこと?」
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