大好きでした。これからもそのままでいてください

すれ違いを重ね、喧嘩をしてしまった小森谷くんと文子さん。早朝、謝るために文子さんのもとを訪れた彼だったが、それが決定的な原因となり、2人は距離を置くことになる。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 朝七時、三郷駅に到着した彼は、彼女に連絡をした。

 そのまま合流し、車で新宿に向かいながら話をした。

 いつだって会いたいと思っていること。来月こそは休みを取ろうと思っていること。

 どうしてもすぐに話したくて、寝ずにこちらに向かったということ──。

「わかったけど……それ、メールでよかったんじゃないの?」

 東京に入る手前、国道が渋滞していた。

 仕事に遅れそうになった彼女は焦り始めていた。遅々として進まない車に、彼も焦り始める。

「この渋滞を抜ければ、大丈夫だと思うんだけど」

「……うん」

 彼女は次第に無口になり、車内は険悪なムードに包まれた。

 彼女の出社時刻は容赦なく迫り、ついにはあと十数分というところまできてしまった。

「ここで降りる」

 赤羽駅の近くで、彼女が意を決した。

 だけどその駅から電車に乗っても、出社時刻にはもう間にあわない。後先を考えない彼の行動が、社会人である彼女に迷惑をかけてしまった。

 小走りで改札に向かう彼女は、一度も振り返らなかった。

 やがて点になって消える彼女を、彼はいたたまれない気持ちで見送る。

 しばらく車を動かせず、彼は考え込んだ。

 渋滞を想定していなかったことが悔やまれたが、それ以前の問題だった。

 彼女と話がしたいからといって、こんなところまで早朝にやってくるのは、自分のエゴにすぎない。

 何をやっているのだろう。一体自分は何をやっているのだろう……。

 通勤する人が、彼の車の横を通り過ぎていった。

 やがて車を走らせた彼だったが、相変わらず道は混んでいた。それから何時間もかけて、彼は日野まで戻る。

 一年先の自分が、どこで何をしているのか、全然わからなかった。

 本当は彼だって、将来のことが不安なのだ。不安で、不安で、思うようにいかない現状に泣きたくもなる。

 だけど今の彼には、やれることをやる、という“現在”しかない。

 うまくやれているのかどうかなんてわからなかった。

 だけど舟の帆に風が吹かないなら、空回りでも漕ぎ続けるしかなかった。迷走する青春の帳尻をあわすべく、彼は自分の方向だけは定めたのだ。

 実直で一本気な彼は、大好きな彼女を安心させることはできなかった。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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