それ本気でやりたい?
僕は昔、劇団『デス電所』を主催されている竹内祐さんと、ニコニコ生放送のレギュラーをやっていました。竹内さんは劇団をやりながらライトノベルも書かれている、多才な方です。そのご縁で竹内さんを担当しているライトノベル編集の方にお会いする機会がありました。その時に「もし良かったらプロット持ち込んでくださいよ」と言われました。
僕は「はい、是非」と言ったものの、すっかりそのことを忘れていました。2週間くらい経ってから『あ、そういえばライトノベルのプロットを出すって言ったな』と思い出しましたが、どうせ社交辞令だしな、と思っていました。
そんな折、ひょんなことから有名なアニメ原作者さんと、有名な漫画編集者さんにご飯に連れていってもらいました。その時、編集者さんが言われていた言葉に凄く衝撃を受けました。
「たとえば雑誌で穴が空いた。原稿を何ページか埋めなきゃならない。そういう時に『明日の朝10時までに〇〇ページのネーム送ってきて』って若手の漫画家に言うんだ」
「翌日の朝10時までですか!? そのメールは何時に送っているんですか?」
「夜11時くらいかな」
「それは無理でしょう!」
「うん、向さんみたいにね、7割は『そんなの無理ですよ』と言うし、2割は〆切を過ぎて『遅れてすみません』と送ってくる」
「そりゃそうでしょう」
「だけど1割の人間は、徹夜してでもちゃんと送ってくる。俺はそういうやつらを可愛いと思う。チャンスが自分の方にむいた時に、ちゃんとこれがチャンスと判断出来るか、そしてそのチャンスが『自分だけにむいている訳ではない』と思えるかどうかが、若手の時は大事だよね」
一見、とんでもない話です。普通に聞くと「身勝手だ」「無茶ブリすぎる」なんて思うかもしれませんが、的を射た意見だとも思います。本当に夢を追いかけたいならこれくらいのハードルは越えてこいよ、なりたい職業ならこれくらいのことは苦労とも思わないだろう、と。
熱量を見せてみろ、ということでもあります。
その話を聞いて、ライトノベルのプロットの話を思い出しました。僕はただ、社交辞令だと言って逃げていただけだと気付いたんです。出したいならやるしかない。
確かに、プロットを出してダメ出しを受けたら傷付くかもしれない。でも、それでもいい。大事なのは、僕がライトノベルを出したいかどうかです。
そして僕はライトノベルを出したい。
今まで、ああすれば良かったなんて後悔は山ほどしてきましたが、「こうしたい」という気持ち自体に噓をつくのはいやだ。
そう思った僕は次の日に、急いで書いたプロットを編集さんに送りました。
するとすぐ、編集さんから返信が来ました。
「プロットありがとうございます。読ませて頂きました。ニートが異世界に行ってモンスターを倒すという設定ですが、どこかで見たことある内容です。というかあまりにも陳腐すぎるかなと思います。向さんが書く意味ってものを考えて欲しいです。そしてこのプロット段階での文章がぐしゃぐしゃですので気をつけてください。例で書いてある文章の地の文が、一人称と三人称が混ざっているので読みにくくて仕方ありません。そんな小説はないので気をつけてください。それに……』
一旦パソコンを閉じました。ダメ出しが多い! 耐えられない耐えられない!
4コマ漫画の持ち込みの時みたいに、イベントで笑いにも出来ない!
枕に顔をうずめ「耐えられない!」と叫んで、心を落ち着かせるものの、そのダメ出しにどう接すればいいか分からない。
それでも初めの方はなんとか直して送ってものの、その繰り返しでどんどん心が折れていく。なんでこんなにダメ出しされなきゃいけないんだ、年下の男に。
そう思って、少し返信が滞りがちになってしまいました。
そんな時、ある舞台を見にいきました。その舞台の脚本・演出されていたのは浅沼晋太郎さんという、劇作家でもあり、声優などもやられているマルチな才能をお持ちの方です。浅沼さんはとても素敵な方で、書かれる脚本も魅力的です。
当然そのお芝居も最高に面白くて、その気持ちを伝えるために楽屋に挨拶に行きました。
いろんな方が挨拶に来ている中、僕の番になりました。
「お疲れ様です! むちゃくちゃ良かったです!」
「ありがとうございます」
とにかくどこが良かったか伝えていると、後ろからスタッフさんが浅沼さんに話しかけます。
「すみません、味付けは…?」
「あ、あとでやります」
そこから普通に挨拶だけして帰ろうと思ったのですが、ふと『味付け』というのが何かひっかかりました。
「最後にすみません、さっきの味付けってなんですか?」
「あ、僕がやるお芝居はダメ出しじゃなくて味付けって言うようにしてるんです。ダメ出しって何か違うと思って。いいけど、もう少しこうやってみたら良い味になるんじゃない?…という意味でそう言ってるんです」
そうなんですね、と言いながら楽屋をあとにしました。
僕は帰りながら考えました。味付けって、すごいいい言い方だ。
そうか。ダメ出しじゃない。味付けか。
あっちも、僕のことを嫌いでやり取りしている訳じゃない。プロのライトノベルの編集者が、僕に味付けをしてくれている。それなら僕も、それに応えないと。
そう思ってすぐ、僕はプロットを修正して編集さんに送り返しました。そこからはプロットのダメ出しが返ってきても、とにかく急いで修正して送りました。何度直してもボツになったり、ダメ出しが来ます。でもいい。自分が譲れない部分は譲れないで大事にしながら、やり直す。編集さんの意見が味付けとしていいと思うなら、そっちの意見を大事にしてやり直す。良いものを作るという共同作業です。
そう思って、とにかく編集さんとやりとりを続けていると、ライトノベルのプロットが編集部の会議を通りました。
それは初めてプロットを送ってから、1年後でした。
どう思うかは人それぞれですが、僕みたいな初心者が出すには早かったかな、と思います。
出来ないと思うことなんて山ほどあります。ただどうせ出来ないなら、それを埋める熱量で勝負するしかない。
そして何事も速いほうがいい。速さって、時間がある人間からすれば、すごい武器になるはずなんです。
だって、売れている人たちの戦いで唯一勝てる場所ですから。時間の有無は。
そうやって日の目を見た『芸人ディスティネーション』という作品は、おかげさまで4巻まで世に出すことが出来ました。
熱量を見せてみろ
ライトノベル4冊 +160万円
年収 +469万円
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