家康は無条件で人を信じるのをやめた

歴史小説初心者、大歓迎!どうしてこんな奴らが天下を獲れたのか!? 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。信長(37)→部下全員置き去りで逃亡。秀吉(34)→殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。光秀(55)→経歴不詳。家康(29)→カンケイないのに絶対絶命 !迷走の果て、奇跡の決断。2017年秋、27時間テレビでドラマ化! 「僕の金ヶ崎」(脚本:バカリズム/主演:大杉蓮)原案。


で、明智光秀隊の水準はというと。

 もちろん、整然と、ではない。どちらかというとゆるやかな動きで、動作も遅い。だが、太鼓の位置から遠い場所にいる足軽も、太鼓の位置に近い場所にいる者と同じようにゆるゆると動く。つまり、明智光秀隊の足軽にいたるまで全員が、太鼓の拍子を体にしみこませているのだ。しかも、だれも汗をかいていない。本当に、かるく体をほぐす程度のことしかやっていないのだ。

「これは—すごいですな」

 昨日、秀吉隊の統率のなさに脱力したばかりなので、明智光秀の力量がいっそう目立った。

「あの武田信玄入道(にゅうどう)と刃をかわしておられる徳川様にお褒めいただくとは、もったいなくもありがたき幸せに候。奈辺(なへん)におきづきあそばされ候や」

 と問われて、家康は感想をどこまで伝えるべきか迷った。明智光秀の軍の訓練の印象をつたえることは、家康の指揮能力を白状するのとおなじことでもある。

 家康はためらった。

 明智光秀には、わからないことが多すぎるのだ。

 家康が織田信長の行動にかんして、もっとも舌を巻くのは人事である。冷酷苛烈な印象があるし、調べさせるかぎりでは、信長は下に甘く上に厳しい、といった評価では共通している。

 ただし、人事は異なる。

 家康は、家臣は信用しても信頼はしない。現在裏切っていないから将来もとりあえず裏切らないだろうというのが信用で、じぶんが家臣を裏切らないように家臣も自分を裏切らないだろうと推測するのが信頼である。幾度となく家臣団に裏切られて命を落としそうになった経験から、家康は無条件で人を信じるのをやめた。

 だれもが生きるのに—あるいは名を残すのに、必死な時代なのだ。

 ひとりでできることに限りがあるのだから、ある程度以上のことは家臣に任せなければならない。信じなければ任せることはできないが、家臣の側にとっても、家康を信じていいか裏切るべきか、常に迷っているのだ。人事配置はそこからはじまる、と家康は思う。

 三河の一向一揆で家臣団が家康派と一向衆派にわかれたあと、家康は三河の国内で一向宗(浄土真宗)を禁教にし、家康に敵対した者に対して、重用はしないが油断もしなかった。家臣団ぜんたいの意欲や目的意識に配慮して、総員が「それなりに」納得する人事を、空気で察して人を配置する。全員を完全に納得させることはできない。どこまでが「それなり」なのかは、やってみなければわからない。

 人事は孤独でもっとも神経をつかう仕事ではある。今川義元は家康が駿府で人質生活を送っていた当時、ことのほか家康に目をかけてくれ、そうした領国経営について、ことこまかに教えてくれた。要するに、戦国武将ならだれでもやっていることではある。

 しかし。

 信長は、ちがった。

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金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

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