宿願のオリコン1位とバラエティ班の攻勢

28年間のSMAPの活動とその思いを、数々の言動から振り返り、幼少期から三十代に至るまでのファンの女性の28年の歴史と共に纏めあげ、「アイドルとは、ファンとは何か」を問い直すアイドルとファンのノンフィクション書籍『SMAPと、とあるファンの物語』。本書を公開する連載、14回目。オリコン1位を獲得し、「バラエティ班」も歴史ある番組で居場所を勝ち得る。しかし今度はスターの宿痾が“彼”を蝕み始めていた。

第3章 笑顔/涙 と 偶像/実像


 1994年の正月も、SMAPは日本武道館で単独コンサートを行っていた。

 あの涙のファーストコンサートから4年、SMAPはお正月に日本武道館に立つことが毎年恒例のイベントとなっていたのだ。

 しかしこの年は内容が際立っている。

 初年度に1日3回公演だったライブは、2年めに1日5回公演に、3年めは1日4回公演に減るものの、4年めの1994年はついに1日6回公演。

 しかも彼らは前日に紅白歌合戦へ出場しているため、翌朝のライブ本番はほとんど寝ないまま迎えることになる。

 朝の9時30分から1時間15分の公演と45分の休憩を計6回。まだ平均年齢20歳の彼らもさすがに後半になると腕がだるくなり、マイクを持つ手はしびれ、足が上がらなくなる。

 それでもリーダーの中居は健気に答える。

「むちゃです。でも、ステージに立って音が流れ、喚声がわくと疲れが吹っ飛びました」

 もっともこの時の彼らには無茶でも歌い踊り続ける理由があった。

『$10』の勢いを逃さず、この年の元日に発売した『君色思い』は、初めて初週だけでCDセールスが10万枚を超えていたのだ。

 そして1994年3月、満を持してリリースされた『Hey Hey おおきに毎度あり』で、SMAPはついに待望のオリコン初登場1位を獲得する。結成から6年、それはデビューから12作めにしてついに掴んだ人気アイドルの証である。

 しかし当のSMAPはというと、苦節の喜び以上にとにかく驚いていた。

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この連載について

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SMAPとそのファンの物語—あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど

乗田綾子

転校を繰り返し、不登校にもなってしまった。思い焦がれた上京は、失敗した。願ったとおりの現実を生きるのは、難しい。だけど――。小学校低学年から30歳に至るまで、とある女性の人生にずっと寄り添っていたのは、親でも彼氏でもなくアイドルだった...もっと読む

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コメント

smarashic https://t.co/kbhqmZ1SYx 約3年前 replyretweetfavorite

drifter_2181 オリコン1位を獲得し、バラエティ班も歴史ある番組で居場所を勝ち得る1994年。しかし「木村拓哉は、すでに苦しみ始めていた」--小娘(乗田綾子) #SMAP 約3年前 replyretweetfavorite

motoz この連載すごい面白いからみんなに読んで欲しい 約3年前 replyretweetfavorite