真実を知るために、頼るべきは経験か論理か
ひろは田中珈琲店のクリームソーダに首ったけだ。
Yes、たしかに、一番頻繁に口にするのはファーストキッチンのクリームソーダだ。クリームの質感とボリューム、ソーダの弾け具合にたっぷりと入ったクラッシュアイス、それら総合的なクオリティが値段と最も釣り合った製品が、ファーストキッチンのクリームソーダだと考えている。
しかしそれ以外に、バイトで大入り袋が出た時にのみ飲むことを自分に許している、とっておきがある。それが、田中珈琲店のクリームソーダだ。
なにしろここのクリソーは、手間のかけ方が違う。クリーム部分は注文が入ってから中庭で牛の乳を搾って作り、氷だって注文が入ってから店員がひとつひとつ丁寧にアイスピックで削り出す。そしてソーダの部分は業務用スーパーで売っている1本38円の格安缶ジュースだ。
今日もひろは、地下鉄表参道駅から徒歩7分、青山通りを1本東に入った路地にある田中珈琲店にて、待望の高級クリームソーダを堪能していた。数日前にお散歩番組でバイト先が紹介されたため、昨日は週末も重なってしゃぶしゃぶは大盛況、ボーナスとして労働者(プロレタリアート)全員に2000円の大入り袋が振る舞われたのである。
そうそう、この味! これだよこれ! できたて豊潤&濃厚な最上質の高級ソフトクリームが、ディスカウントストアで投げ売りされている最安値の低級ソーダと混じり合い人跡未踏の味のカオスを生じているこの感じ……。高級と低級の混合した混沌、かつて留学していた北京の六里桥地区地区を思い出すようで……。
「お客様、申し訳ありませんが混み合って参りましたので、ご相席をよろしいでしょうか?」
「あ? ハイッ、もちろんいいですよ」
午後2時35分、コーヒー通には名の知れた田中珈琲店は、満席になった。
若い店員の案内で、ひろの向かいには二人連れの男性客が現れた。しかしその二人のうち片方は半分白骨化した腐乱死体であり、死体はひろを認めるやいなや駆け寄ってくると、腐乱した顔面をスリスリと擦りつけてきた。
「ア゙ヴウ〜〜グワワワア〜〜〜!!」
「ぎゃああああああああああああっっっ!!! 怖いやめてぎゃ——っ!!! なんだっ!! ゾンビ!!!」
「こらゾン次郎! 相席のお客さんを食べてはいかん! 大人しくせんとカフェモカ奢らんぞ! …………ん? おおっ! ひろじゃないか!! 奇遇じゃな、こんなところで会うなんて!」
「やっぱりゾンビコンビかっ!! やめろゾン次郎!! ちょっとコラッ! クリームに腐肉がついただろなにやってるんだよバカっ!!」
「グヷヴア〜〜〜!」
「やっぱりゾン次郎はひろに懐いとるのう。ああすまんすまん、飲み物はわしが弁償しないとな。弁償しナイト・オブ・ザ・リビングデッドじゃな! それにしても、クリームソーダが好きじゃのうおまえは」
オカッパ頭の先生は次郎をなだめつつ、ひろの対面に座った。ひろは店員に声をかけクリームソーダを追加する。
「もう、相変わらず次郎は生き生きした死体だよねまったく! ほとんど骨なのに! で、こんなところでなにやってるのゾンビコンビのお二人?」
「青山霊園の帰りなんじゃよ。たくさん歩いたから一服しようと思ってな」
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