疑心暗鬼

船長

福岡吉本を立ち上げからずっと率いてきた吉田さんから聞かされた、突然の異動。
厳しすぎる所長・吉田さんに所属芸人たちが抱いてきた「苦手」意識の向こうに、ようやく見えてきた成功の兆し。その成果を手にすることなく本社に、降格含みで異動する吉田さんに代わり、僕らの前にやってきた新しい所長は……。

 福岡吉本に入った頃からずっと、僕は吉田さんが福岡からいなくなることを毎日のように夢見ていた。

 芸人としての本質を説きながら、 芸人としての資質を問う。

 そんな吉田さんと日常を共にすることは、今振り返っても本当にキツかった。

 所構わず、僕に芸人としての資質がないことを人目に晒しては周囲を威嚇する、そんな吉田さんに対する嫌悪感と、お笑いマニアを自負し、大学まで辞めてしまったのに、どうあがいても資質がないと認めざるを得ない、そんな自分自身に対する嫌悪感。

 この二重構造で形成された二乗の嫌悪感を、なんとか胃袋に押し込めてやり過ごす毎日。

 無表情を決め込み、時に淡々と、時に飄々と、半ば開き直った態度と精神で僕は吉田さんと接していたが、その時間は僕にとって、終わりの見えない苦行でしかなかった。


 しかし、それでも。


 ここは福大落研のようなサークルではなく、天下の吉本興業なのだから。

 最終的には報酬を目的とする「仕事場」なのだから。

 そもそも、ここは自分が憧れて入ってきた「夢の世界」なのだから。


 どれだけ怒鳴られても、どれだけ殴られても、この道のプロである吉田さんを好き嫌いでカテゴライズしてしまった瞬間に、これまでの選択が全て間違いだったと、そう自分で認めるような気がしてならない。
 だから僕は少しだけ角度を変えて、吉田さんへの感情を、自分で納得できる表現に形成していた。


 シンプルに、苦手。
 嫌いというか、めちゃくちゃ苦手。
 たぶん嫌いだけど、それ以前に超苦手。


 これが僕の吉田さんに対する、正確な感情だった。
 そして他のメンバーも、ほぼ同じ気持ちだったと思う。


「急な話やけど、俺、大阪に戻ることになったわ」

「えっ?」


 だから僕たちは全員、吉田さんの口から異動を聞かされた時に、何のリアクションもできなかったのだろう。
 夢にまで見たことが現実になったのだから、嬉しい気持ちも多少はあったけれど、それ以上に、吉田さんに対する複雑な想いが脳裏を交錯してしまい、僕は何も言えなかった。

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疑心暗鬼

博多大吉

「どうして芸人になろうと思ったんですか?」一番多く投げかけられたこの質問に、いつも心の中で聞き返す。「どうしてみんな、芸人になろうと思わなかったんですか?」ーー時はバブルまっただ中。福岡の片隅で、時代の高揚感に背中を押された少年が抱い...もっと読む

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コメント

susie113 二代目所長さんの事はあまり語られなかったから(私が知らないだけかもだけど)次週楽しみ また突然数年後から始まるかもだけど ⇒  11ヶ月前 replyretweetfavorite

hanadai6 https://t.co/kxwluMdvRm 11ヶ月前 replyretweetfavorite