福岡吉本に入った頃からずっと、僕は吉田さんが福岡からいなくなることを毎日のように夢見ていた。
芸人としての本質を説きながら、 芸人としての資質を問う。
そんな吉田さんと日常を共にすることは、今振り返っても本当にキツかった。
所構わず、僕に芸人としての資質がないことを人目に晒しては周囲を威嚇する、そんな吉田さんに対する嫌悪感と、お笑いマニアを自負し、大学まで辞めてしまったのに、どうあがいても資質がないと認めざるを得ない、そんな自分自身に対する嫌悪感。
この二重構造で形成された二乗の嫌悪感を、なんとか胃袋に押し込めてやり過ごす毎日。
無表情を決め込み、時に淡々と、時に飄々と、半ば開き直った態度と精神で僕は吉田さんと接していたが、その時間は僕にとって、終わりの見えない苦行でしかなかった。
しかし、それでも。
ここは福大落研のようなサークルではなく、天下の吉本興業なのだから。
最終的には報酬を目的とする「仕事場」なのだから。
そもそも、ここは自分が憧れて入ってきた「夢の世界」なのだから。
どれだけ怒鳴られても、どれだけ殴られても、この道のプロである吉田さんを好き嫌いでカテゴライズしてしまった瞬間に、これまでの選択が全て間違いだったと、そう自分で認めるような気がしてならない。
だから僕は少しだけ角度を変えて、吉田さんへの感情を、自分で納得できる表現に形成していた。
シンプルに、苦手。
嫌いというか、めちゃくちゃ苦手。
たぶん嫌いだけど、それ以前に超苦手。
これが僕の吉田さんに対する、正確な感情だった。
そして他のメンバーも、ほぼ同じ気持ちだったと思う。
「急な話やけど、俺、大阪に戻ることになったわ」
「えっ?」
だから僕たちは全員、吉田さんの口から異動を聞かされた時に、何のリアクションもできなかったのだろう。
夢にまで見たことが現実になったのだから、嬉しい気持ちも多少はあったけれど、それ以上に、吉田さんに対する複雑な想いが脳裏を交錯してしまい、僕は何も言えなかった。
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