今の学校に赴任して3年目。仕事に追われる中、恋愛もままならない!
というと、モテないことへの言い訳って感じがするけど、どうも忙しくて、相手を見つける気力が失せてしまい……。
一方、教師の性的な不祥事は少なくない。そもそも学校は「変な」空間で、大人ひとりが40名前後の子どもと接している。さまざまな欲望に身を任せるしかない人は、教師の仕事を選んではだめなのだと思う。
じゃ、教師と生徒の本気の恋愛は?
僕にはちょっと考えられない。教師の大半は高校生の「子どもっぷり」が目にしみてる。僕もその一人なので、恋なんて遠慮ねがう。
それでも、生徒のしぐさに心臓が唐突に鼓動することはある。教師も人間なのであり、そのことを否定してしまうと、むしろ不自然だろう。
学年でも目立つ、凛とした女子生徒
その女子生徒は、学年でも目立つ存在。とにかく凛として、目もキッと、背もわりかし高い。男子生徒人気は根強いが、アイドルを敬して遠ざける感じで彼女に接しているようだ。
「モテないんですよ〜」。モテそうな感じで言う。片腹痛し。
かといって女子に煙たがれるわけでもなく、どこか孤高の匂いもまとう彼女は、僕の授業を2、3年と受けている。
教師の渾身の冗談があえなく砕け散るとき、いてくれると助かるタイプの生徒。「つまらない!」「はぁっ?」「うーん、まあまあ」。反応をくれるだけで、教師は救済される。僕の話が予想外にうけ、彼女が悔しまぎれに笑っているのを見ると、僕は心中でレベルアップを果たす。
彼女はダンスを愛し、部長として踊りを率いる。秋の文化祭は、毎年の見せ場だ。この9月、3年にとっては高校最後の文化祭だけに、根をつめていたようだ。
そんな9月のある日、世界史の授業で教材プリントを配っている際、彼女の様子がどうもおかしいのに気づいた。
ふだんは元気印の顔色が冴えない。笑顔はある。どうしたものか?
授業が終わって、廊下で声をかけた。
「もしもーし、だいじょぶか?」
「え、何がですか?」 彼女はやや驚いた風に返した。
「いや、ちょっと表情が気になった。勘ちがいならそれでいいさ。もし何かあったら、担任の先生とか、カウンセラーさんでもいいし、頼れよ〜」
すると、真一文字に口を結び、表情を硬くした彼女の眼は紅みを帯び、大粒の涙をこぼした。
涙の粒のお手本。
涙をそう評価するだけの観察力を維持しながらも、まことに恥ずかしながら、僕はドキッとしてしまったことを告白しなければならない。
*
女性の涙を目に入れるのは、久しぶりだった。しかも、授業のペースメーカーたる元気印に、ふいをつかれた。それだけに、心の臓がウッとなった。
職員室に帰った僕は、教員免許取得の際に特別養護老人ホームで行なった介護体験を思い出した。
30歳をすぎた学生として職員から「信頼」を勝ちえていた僕は、風呂上がりのおばあちゃんの髪に、ドライヤーをあてる仕事を仰せつかった。
女性の髪にドライヤーをあてたことなんてない! しかもおばあちゃんの髪は、薄くなっている。あて方が悪ければ、やけどする。さまざまな感情と緊張を織りまぜながら、手先に集中した。
気持ちよさそうに身を預けるおばあちゃんの後頭部ごしに、僕は必死だった。するとおばあちゃんは、何でかわからないけれど、涙ぐんでいた。
それを見た僕は、ふいの鼓動に襲われたのだった。
状況はちがうが、涙にドキッとしたこと、そしてその涙に「あてられた」ことは同じだった。
彼女と放課後の談話スペースで
生徒がほどよく頼れる大人は複数いるべきだし、彼女が誰に相談しようが構わなかった。しかしなりゆきで、僕が話を聴くことになった。
放課後、生徒がまばらになった談話スペース。どこかそわそわする僕は、ふだん使わない敬語で彼女へ話しかけた。
「何か、飲みますか?」
「いえ、カロリー控えてるんで大丈夫です」
とまあ、彼女は僕よりよっぽど落ち着いていた。けれど、話しはじめると、熱を帯びるのが見てとれた。
「もう、みんな自分のことばっかり! 顧問の先生も、自分の伝達ミスを棚にあげてさぁ……私を何だと思ってるんだろ」
青春の1ページを刻む、部活運営の悩みだった。ふむふむ。
「あなたはきりっとストイックだから、それだけが心配です。ピ——ンと張ったピアノ線みたい。時にはのんべんだらりもいいかもしれない。もちろんあなたからしたら、そんなの論外だろうけど(笑)。ひとまず最後の文化祭、華を咲かせなきゃだしね。でもその後は、しばらくダラーンとしたら?」
僕は勇気を持って彼女の大きな眼をまなざし、話した。昼に「あてられた」眼。
すると、僕の話が進むにつれ、彼女の眼がだんだん潤んでくる。昼よりもリアルな涙生成と放出のシークエンスに、どくんとなった。まただ、まずい……。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。