女子生徒の潤んだ瞳に、僕はふいの鼓動に襲われた

都内の某私立高校で教師をしている30代の海老原さんが、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていく本連載。今回は、学年でも目立つ、凛とした女子生徒のお話です。教師と生徒の恋愛なんて考えられないという海老原さんですが、生徒のしぐさに心臓が唐突に鼓動することはあるのだそう。

今の学校に赴任して3年目。仕事に追われる中、恋愛もままならない!

というと、モテないことへの言い訳って感じがするけど、どうも忙しくて、相手を見つける気力が失せてしまい……。

一方、教師の性的な不祥事は少なくない。そもそも学校は「変な」空間で、大人ひとりが40名前後の子どもと接している。さまざまな欲望に身を任せるしかない人は、教師の仕事を選んではだめなのだと思う。

じゃ、教師と生徒の本気の恋愛は?

僕にはちょっと考えられない。教師の大半は高校生の「子どもっぷり」が目にしみてる。僕もその一人なので、恋なんて遠慮ねがう。

それでも、生徒のしぐさに心臓が唐突に鼓動することはある。教師も人間なのであり、そのことを否定してしまうと、むしろ不自然だろう。

学年でも目立つ、凛とした女子生徒

その女子生徒は、学年でも目立つ存在。とにかく凛として、目もキッと、背もわりかし高い。男子生徒人気は根強いが、アイドルを敬して遠ざける感じで彼女に接しているようだ。

「モテないんですよ〜」。モテそうな感じで言う。片腹痛し。

かといって女子に煙たがれるわけでもなく、どこか孤高の匂いもまとう彼女は、僕の授業を2、3年と受けている。

教師の渾身の冗談があえなく砕け散るとき、いてくれると助かるタイプの生徒。「つまらない!」「はぁっ?」「うーん、まあまあ」。反応をくれるだけで、教師は救済される。僕の話が予想外にうけ、彼女が悔しまぎれに笑っているのを見ると、僕は心中でレベルアップを果たす。

彼女はダンスを愛し、部長として踊りを率いる。秋の文化祭は、毎年の見せ場だ。この9月、3年にとっては高校最後の文化祭だけに、根をつめていたようだ。

そんな9月のある日、世界史の授業で教材プリントを配っている際、彼女の様子がどうもおかしいのに気づいた。

ふだんは元気印の顔色が冴えない。笑顔はある。どうしたものか?

授業が終わって、廊下で声をかけた。

「もしもーし、だいじょぶか?」

「え、何がですか?」 彼女はやや驚いた風に返した。

「いや、ちょっと表情が気になった。勘ちがいならそれでいいさ。もし何かあったら、担任の先生とか、カウンセラーさんでもいいし、頼れよ〜」

すると、真一文字に口を結び、表情を硬くした彼女の眼は紅みを帯び、大粒の涙をこぼした。

涙の粒のお手本。

涙をそう評価するだけの観察力を維持しながらも、まことに恥ずかしながら、僕はドキッとしてしまったことを告白しなければならない。

女性の涙を目に入れるのは、久しぶりだった。しかも、授業のペースメーカーたる元気印に、ふいをつかれた。それだけに、心の臓がウッとなった。

職員室に帰った僕は、教員免許取得の際に特別養護老人ホームで行なった介護体験を思い出した。

30歳をすぎた学生として職員から「信頼」を勝ちえていた僕は、風呂上がりのおばあちゃんの髪に、ドライヤーをあてる仕事を仰せつかった。

女性の髪にドライヤーをあてたことなんてない! しかもおばあちゃんの髪は、薄くなっている。あて方が悪ければ、やけどする。さまざまな感情と緊張を織りまぜながら、手先に集中した。

気持ちよさそうに身を預けるおばあちゃんの後頭部ごしに、僕は必死だった。するとおばあちゃんは、何でかわからないけれど、涙ぐんでいた。

それを見た僕は、ふいの鼓動に襲われたのだった。

状況はちがうが、涙にドキッとしたこと、そしてその涙に「あてられた」ことは同じだった。

彼女と放課後の談話スペースで

生徒がほどよく頼れる大人は複数いるべきだし、彼女が誰に相談しようが構わなかった。しかしなりゆきで、僕が話を聴くことになった。

放課後、生徒がまばらになった談話スペース。どこかそわそわする僕は、ふだん使わない敬語で彼女へ話しかけた。

「何か、飲みますか?」

「いえ、カロリー控えてるんで大丈夫です」

とまあ、彼女は僕よりよっぽど落ち着いていた。けれど、話しはじめると、熱を帯びるのが見てとれた。

「もう、みんな自分のことばっかり! 顧問の先生も、自分の伝達ミスを棚にあげてさぁ……私を何だと思ってるんだろ」

青春の1ページを刻む、部活運営の悩みだった。ふむふむ。

「あなたはきりっとストイックだから、それだけが心配です。ピ—ンと張ったピアノ線みたい。時にはのんべんだらりもいいかもしれない。もちろんあなたからしたら、そんなの論外だろうけど(笑)。ひとまず最後の文化祭、華を咲かせなきゃだしね。でもその後は、しばらくダラーンとしたら?」

僕は勇気を持って彼女の大きな眼をまなざし、話した。昼に「あてられた」眼。

すると、僕の話が進むにつれ、彼女の眼がだんだん潤んでくる。昼よりもリアルな涙生成と放出のシークエンスに、どくんとなった。まただ、まずい……。

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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コメント

Yunonymous17 この人ホントに文才がある。 https://t.co/L0fpx3ASgd 18日前 replyretweetfavorite

pixiewired "「もしもーし、だいじょぶか?」 「え、何がですか?」 彼女はやや驚いた風に返した。 「いや、ちょっと表情が気になった。勘ちが..." https://t.co/17Cssoxd3J https://t.co/kWoX6fNDm3 #drip_app 24日前 replyretweetfavorite

1_hikaru_1 #スマートニュース 24日前 replyretweetfavorite

mameRAJIO 胸のうちは、言葉に出さずにcakesへ。→ 24日前 replyretweetfavorite