信長がいうところの信頼とは…

どうして、こんな奴らが天下を獲れたのか!? 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。信長(37)→部下全員置き去りで逃亡。秀吉(34)→殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。光秀(55)→経歴不詳。家康(29)→カンケイないのに絶対絶命 !迷走の果て、奇跡の決断ーー。2017年秋、27時間テレビ(フジテレビ系)でドラマ化! 「僕の金ヶ崎」(脚本:バカリズム/主演:大杉蓮)原案。


 本多忠勝(ほんだただかつ)は顔をしかめた。

「信長様は、三河武士がそのような卑劣なふるまいに出るとお考えか」

「ふるまいの良しあしを問われるのは、生き残ってからにせえ。上品に殺されるよりも、とりあえず生きて、理屈はあとからつければよい」

「いささか承服いたしかねる仰せに候」

「したくなければ承服するな」

 信長がさらりと言うので、本多忠勝が絶句した。

 これ以上、信長に好き勝手に本音を話されると家康の立場がない。

「まあ、そのぐらいで。この本多忠勝は無骨者(ぶこつもの)で、軍議ではつねにまっさきに異議をとなえ、合戦ではまっさきに突っ走る忠義の者にございますれば、無礼は忠心からのものでお許しいただきたく」

「嫉妬は正義の衣を着、憎悪は忠義の化粧をしておとずれる」

 信長は身を乗り出して家康の膳に箸をのばして大根菜の漬物をとった。

—お、これはうまい」

「信長様は拙者の忠心をお疑いか!」

「ひかえよ、忠勝。わしの食膳に手をおつけになった、信長殿のお気持ちがわからぬか」

 いまの今まで、信長は家康の家臣団をうたがって家康の食膳に箸をのばさなかった。家康の膳の漬物を口にしたということは、家康の家臣たちを信じた、の意味なのだ。

 織田信長は言動の奇怪さから誤解されやすい男だが、こまやかに気遣う男である。

 家康が説いて、ようやく本多忠勝は納得した顔をみせた。

 信長が、飯をほおばりながら言った。

「信頼は物ではなくて状態だ。昨日なにをやったかは関係ない。それは、家康殿も俺もよく知っとる。せめて今日だけは裏切るな」

 信長は忠臣や生母に裏切られて同母弟を殺し、家康は忠臣に裏切られて誘拐された。信長の言葉は重い。ただし、正鵠(せいこく)を射すぎて、家康には言えない。

 信長はたちあがった。

「とにかく、うまかった。馳走になった—これは、もらっとく」

 信長は、手にした箸を腰にぶらさげた革袋につっこんだ。

 信長が立ち去ったあとも、しばらく家臣団は食膳を目の前にして茫然としていた。

 本多忠勝が、最初に口をひらいた。

「何をしに来たのでありましょうや、信長様は」

「裏はあるまい。本当に、飯を食いにいらしただけだろう」

「それにしては—」

—信長殿が、徳川の食膳から箸をもってゆかれた理由がわかるか」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

歴史小説初心者、大歓迎!人気武将4人の悪戦苦闘を描く「4人シリーズ」第1弾。

この連載について

初回を読む
金ケ崎の四人 ー信長、秀吉、光秀、家康ー

鈴木輝一郎

戦うだけが、戦(いくさ)ではない。「逃げる」こともまた、戦なのだ。 日本史上稀にみる見事な〝退却戦”、金ケ崎の戦い(1570年)。 信長(37)部下全員置き去りで逃亡。 秀吉(34)殿軍(しんがり)に抜擢も思考停止。 ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

marekingu #スマートニュース 約3年前 replyretweetfavorite

marekingu #スマートニュース 約3年前 replyretweetfavorite