一番優しくしてくれる先輩」の“解散”

28年間のSMAPの活動とその思いを、数々の言動から振り返り、幼少期から三十代に至るまでのファンの女性の28年の歴史と共に纏めあげ、「アイドルとは、ファンとは何か」を問い直すアイドルとファンのノンフィクション書籍『SMAPと、とあるファンの物語』。本書を公開する連載、12回目。93年、彼らにとって身近な先輩たちの決断。その背中を見送った時期、苦境の打開となる新たな方針が示されるーー。

 この頃も引き続きSMAPはオリコン1位に縁がないグループだったが、しかし状況は少しずつ変わってきている。

 デビュー3年目のここにきて彼らのCD売上は、ついに上昇傾向を見せ始めたのだ。

 アイドルが苦戦を強いられるようになった1990年以降、その影響は光GENJIや男闘呼組ですら避けられず、ジャニーズ事務所のアイドルは全体的に売上枚数を落としていた。

 しかし最初からCDが売れていなかったSMAPは『負けるなBaby! ~Never give up』で一旦底を打った後、アニメタイアップの『笑顔のゲンキ』で、累計売上を3万枚近く伸ばしていたのである。

 ここに視聴率が二桁をキープし始めた「夢がMORI MORI」での露出と、冠番組「愛ラブSMAP!」の人気企画「3on3 BASKET BALL」誕生がちょうど重なっていく。

 バスケットボールをしながら歌った1992年末のシングル『雪が降ってきた』は累計売上が前作のプラス7万枚、明けて1993年3月の『ずっと忘れない』は、初めて累計売上が20万枚を超える。

 1993年の年頭に「勝負の年」と表現した中居のコメントは、言葉そのまま、グループのみならずスタッフ・関係者も含めての本音だったのではないだろうか。

 しかし時を同じくしてこの年、ジャニーズ事務所の中ではあるグループが、その歴史に終止符を打とうとしていた。

 ちょうどSMAPが『はじめての夏』をリリースした頃である。

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SMAPの28年間の活動と、とあるファンの女性の28年間。決して交わることはなかった。でも、支えられていた。そんな両者の紆余曲折の歩みから見えてくる、アイドルの“意味”。アイドル文化が生み落とした新世代の書き手によるSMAPとそのファンのノンフィクション。

この連載について

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SMAPとそのファンの物語—あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど

乗田綾子

転校を繰り返し、不登校にもなってしまった。思い焦がれた上京は、失敗した。願ったとおりの現実を生きるのは、難しい。だけど――。小学校低学年から30歳に至るまで、とある女性の人生にずっと寄り添っていたのは、親でも彼氏でもなくアイドルだった...もっと読む

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