池崎と一緒に住んでいる部屋を家出して1日。ユウカは実家の見慣れた天井を見つめていた。天井だけは10年前とさして変わらないが、ユウカの部屋はいまは父の箱庭作品で埋もれていた。ユウカの好きな少女漫画で埋められていた棚は、すべて小さな家や船や街の造形物がところ狭しと並べられている。
かろうじて、1つの布団を敷けるスペースだけはあって、ユウカはそこに横になっていた。半分眠って、半分起きているアイドリングをしている時間。ユウカは昨日父から聞いた話を反芻していた。
昨日聞いた父の話は、ユウカの中では衝撃的だった。
なんのドラマもなく、なるべくして夫婦になったと思っていたユウカの両親は、真実、驚くような経験をして夫婦になっていた。
案外、どの夫婦もそうしたドラマを経て、夫婦になっているのかもしれない。凡人という人間が存在しないように、平々凡々な夫婦というのもまた存在しないんだろう。
しかし、だ。
お父さんが付き合っていたという彼女……名前はわからないけど、彼女はいま、どうしているんだろう?
お父さんは自分の罪悪感に負けて、当時付き合ってた彼女と別れて、お母さんと一緒になったと話していた。その話を聞いて、ユウカは憤った。
「その彼女、かわいそうすぎる」
ユウカの立場で言えたセリフではないが、もしも自分が同じ立場だったら、100日泣いても足りないかもしれない。
お父さんは、何も文句を言わずに別れてくれたと言っていたけど、そんなの本人に聞かなければわかるはずがない。
ユウカが彼女に拘泥するのは、何もかもうまくいかない今の自分とシンクロしているからなのかもしれない。
「彼女の名前はなんていうんだろう? 彼女はいま何をしているんだろう?」
できれば、幸せであってほしいなんて都合の良い考えがむっくり持ち上がってきていたが、悲しくひとりで富士の樹海に消えたなんてことも、現実的にはあるわけで……。彼女の幸不幸を自分の乏しい想像力でカバーするのは、もどかしさが募るばかりだとユウカは感じていた。
「お父さんに、彼女のことをもうちょっと聞いてみようかな……」
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